154.貴椿千歳、目をつけられる(女子編)
朝っぱらから下半身むき出しの乱刃 (男版)がやってきて勝手に納得して引き上げるというよくわからない一事があったが、それは騒動の序章に過ぎなかった。
男にはなったがほぼ変わってない乱刃と登校すれば、学校ではこの「呪い」の話で持ちきりだった。
誰それが男になった、女になったと。
昨日、猫が言っていた「無差別な呪い」というのが正解なのだろう。昨日は俺と北乃宮だけが被害者だと思われたが、その翌日には乱刃を含めた学校の何人かが性別転換現象を起こしていた。
「魔法による変化ができないのです」
と、委員長・花雅里が首を傾げていた――彼女を含め多くの人が「呪い」というジャンルの魔法をを知らないので、それは不思議だろう。
一応厳密に言うと「効果は出るが呪いによる強制的に戻される」ということになる。
まあ俺から言えば魔法それ自体が不思議の塊だが。
ちなみにうちのクラスでは猪狩切も男性化していた。更にちなみに、乱刃の男性化は誰にもバレなかった。本人的にどうでもいいらしい。
阿鼻叫喚という言葉が相応しいほどの騒動になったが、その翌日には更に事態は進行した。
要するに、増えたのだ。
男性化した女子が。
よそのクラスでも当然ながら被害者は増え、うちのクラスでは、乱刃、猪狩切に続き三動王も男性化してしまった。
特に三動王は元がかっこいいせいか、「うおーかっけー!」とか「君に決めた! ファーストキッス受け取って!」とか「ここで決めなきゃ女がすたる! 抱いて!」とかにぎやかに囲まれていた。本人的にはただただ困惑した顔をするばかりだったが。
そして、ついに来た。
「――これから緊急朝礼が行われます。第一体育館のドアが開いているのでそこに集まってね」
朝、教室にやってきた白鳥先生は、少し難しい顔をしていた。
普通の魔法とは違う、この「無差別性別転換現象」に伴い、学校側から公式発表が行われることになったようだ。
「あ、北乃宮くんと貴椿くんは先生に付いてきて」
いよいよ「呪い」の公式発表か、あるいは調査が進み解決の糸口が掴めたのか……と考えていると、お呼びがかかってしまった。
「進展はなさそうだな」
「そうだな」
北乃宮の言う通りだ。たぶん調査結果を聞くために俺たちは呼ばれたのだ。
即ち、「これから学校側は本格的に調査を開始する、だからここまででわかっていることは全部話せ」と。そういう要件の呼び出しだろうと。俺もそう思う。
「ところで北乃宮、おまえの調査は?」
「これから向こうで話すことになるんだ。その時一緒に聞いてくれ」
あ、そりゃそうか。
……冷静に考えると、協力体制ではあるが北乃宮の調査に参加していない俺が呼ばれても、なんの話もできないんだけどな。
まあ、行くけど。
白鳥先生の先導で、数日前に訪れたばかりの学園長室に再びやってきた。
「失礼します」
しかし、室内は数日前とはまるで違っていた。
「……貴椿、深呼吸して落ち着いてから入れ」
ドアをノックした先生が先に入り、北乃宮が続こうとして……足を止め、俺を横目で振り返り、それだけ言って滑り込んだ。
意味がよくわからないが、北乃宮の言葉通りに深呼吸して、元々落ち着いている気を更に落ち着かせて俺も入室した。
「う……」
思わず「うわあ……」と言いかけたが、なんとか心の中だけで済ませた。効果があったかどうかはわからないが、深呼吸しておいてよかったようだ。
緊張感と、それぞれが発する威圧感というか、存在感がすごい。
学園長室には、見るからにどこかのお偉いさんと思しき大人の面々と、俺もよく知る顔が揃っていた。
まず、応接用のテーブルに着いた学園長である九王院カリナ。
座る学園長の脇に立っている不思議な髪の色の少女は、生徒会長の空御門先輩。
同じく隣に立っている細目の女子は、風紀委員長代理の七重先輩。今はよそ行きの澄ました顔をしている。
知らない大人は、三人だ。
学園長の向かいに座る、羽織り袴の壮年の男は、どこまでも冷徹な瞳で入室してきた俺たちを見据えている。その男の隣に座るのは……どこかで見たことがあるスーツ姿の女性だ。どこで見たかな? ちょっと思い出せない。
そして二人の背後にジーンズにシャツというラフな格好の女性が立っていた。佇まいに隙がない。あれはたぶん護衛とかだろうな。
なんというか……すごいメンツだな。魔女の方。大人の方はよくわからないけど。あと女性の比率が高いな。
「二人とも、座って」
と招かれて、俺と北乃宮は学園長の隣に座った。……正面の羽織り袴のおっさんがすげー見てくるんだけど。雰囲気も重いし居心地悪いな……相変わらず慣れないスカートだし……
「それじゃ北乃宮君、調査の進展を聞かせてもらえる?」
色々な疑問を飛ばして、学園長はさっさと本題に入った。……たぶん俺が思っている以上に、これは大変な事件になっているんだろうな。正面の知らない大人たちも関わるほどの大変な事件に。
「調査結果はまだ何も出ていません。ただ、何人かは『独自に呪いを解いていた』という不確かな噂を拾いました」
こんな状況場でもハキハキと物怖じせず、シティボーイ北乃宮は冷静に言葉を発した。
「つまり無差別だな」
正面のおっさんが低い声を漏らす。
「はい。当初は俺と貴椿だけがピンポイントで狙われたのではないか? そう疑いを持ちましたが、実際は違っていた。被害者は俺たち以外にも存在していた。ただ表面化しなかっただけで。
ならばどう考えても無差別な『呪い』かと」
あ、そうなのか。
「昨日一昨日、そして今日の傾向を考えると、『魔法の抵抗力が弱い者』から掛かっているようです。まず魔法を使えない男性、それからレベルの低い魔女が被害に遭っている傾向があります。
ただ、無視できない傾向として、『日を追うごとにレベルが上の魔女にも作用してきている』という点が考えられます。今はまだ喜びの方が大きいようですが、明日明後日にはこの『呪い』に対する疑惑や恐怖を思い描く者が増えるでしょうね」
すらすら述べられる北乃宮の推測に、おっさんの隣の女性が深く頷く。
「つまり『呪いが強くなっていっている』と考えられるわけね?」
「誰の目にも明らかです。確証はありませんが」
なるほど、「呪い」が強くなってきている、か。だから日を追うごとに被害者が増えていると。うん、そりゃ確かに大変だな。流行病みたいだ。
「もしそうだとすれば、『呪い』は解くことができたとしても、根本的な解決にはなりませんよね。『呪い』を解いても翌日にはまた性転換しているような状態になるのではないでしょうか」
「うむ。実際そうなっているようだ」
おっさんは腕を組み、深く背もたれに寄りかかった。
「……前例はある。恐らく奴が原因だろう。しかし問題は有効範囲か」
お、おっさんは原因に心当たりがあるらしい。
「やはり魔獣ですか、父上」
……へ!? 父上!?
「匠。おまえはまだ知らなくていいことだ」
……え!? 袴のおっさん、北乃宮と親子なの!? うそ、あんま似てないぞ! おかあさん似か!?
いやいや落ち着け俺。
とにかく挨拶しなきゃ! 俺の唯一の男友達の親御さんに! 今ちょっとお互い女子だけど!
「――落ち着け」
今まさに口を開こうとした俺を、絶妙のタイミングで北乃宮が止めた。小声で。まあたぶん全員に聞こえているとは思うが。
「挨拶は後でいいから、今は黙っていろ」
お、おう。……そうだな、今こんな空気で挨拶とか、ないよな。空気読めって言われるよな。
「どうする九王。早期解決を目指さなければかなりまずいようだが」
「もちろん解決するわよ。だから四神の守り手である、北乃宮の当主を呼んだんじゃない?」
四神? ……あとで北乃宮に聞こうっと。
「彩京さんもお手伝いしてくださるのよね?」
さいきょう? ……あ、思い出したぞ! この人、前に乱刃と参加した魔獣狩りの時に逢った……確か、警察関係の人だったはずだ!
「ええ。私を含めて何人かは動かせます。人海戦術には程遠い人数しか出せませんが……」
「充分よ。ありがとう」
この流れから察するに、ここからは大人たちが本気で原因究明に乗り出すようだ。俺は本当に何もしてないが、俺たちの調査もここまでのようだ。
「それでも人手が足りん。おまえの生徒も借りるぞ、九王」
「ええ。生徒会を貸すわ。皆優秀な魔女だから」
「息子も連れて行くぞ。半端な騎士見習いはいらんが……さて、どうするか」
あとは見守り、話が決まって解散するのを待つばかり……だと思っていたのに。
「……え?」
なぜか北乃宮の父親は値踏みするように俺を見るのだ。……なぜ俺を見るのだろう。発言する間もない、完全に場違いな俺なのに。
「……人手は多い方がいいか。よし、君も来なさい」
え? お、俺も? 行くの?




