153.貴椿千歳、嫌な予感を的中させる(女子編)
「少々ゆっくりしすぎたな。本題に入ろう」
猫乱入を機に、長く続いていた世間話をやめて本題に入った。
「学校で少し話したな。白滝高校への対応をどうするか、という話だ。その様子だとまだ向こうから接触はないようだが」
「お? その話?」
その辺の事情も、あの「ヴァルプルギスの夜」に俺の膝の上で聞いていた猫は知っている。眠そうに顔を洗いながら口を出してくる。
「なになに? 結婚決定しちゃうの?」
「そんなに簡単に決まるものか。しかも相手はあの防宗峰とそれに近しい者だ。たとえ本人が望んでも周囲が許さない。
まあ、だからこそ厄介なのだが……」
俺は「あの防宗峰」を知らないので、問題がよくわからないのだが……察するにかなり厄介そうだ。
何せ縦ロールだったもんな。髪型。
絶対にどこかの財閥とかお金持ちのお嬢様だと思う。
「そーねぇー。ぶっちゃけ防宗峰と桜好子蒼が『家族』とか『親戚』として繋がったら、日本どころか世界屈指の企業になるだろうねー」
え? そんなにすごいの? 防宗峰って。
いや、すごいのかもな。
だって魔力が可視化できる魔女を個人の護衛に付けていたくらいだ。財力もそうだが、それを可能とする背景もあるんだろう。北乃宮みたいに古い家系でもあるのかもしれないし。
ちなみにあっちの高レベル魔女は猫耳だったな。名前はなんて言ったかな?
「それをよく思わない他の組織や企業、もしかしたら国さえ動く可能性が出てくる。……あまり考えたくないが、貴椿の身に危険が及ぶこともあるかもしれない」
うーん……日常的に微妙に危険に晒されてる気がするだけに、今更そんなこと言われてもあまりピンと来ないな。
結局、気をつけることしかできないし。
「貴椿、この問題はプライベートなものだ。だから私には具体的にどうこうはできないし、口を挟める立場にもいない。先輩としておまえの身を案じることしかできない。
役立たずで申し訳ない。
しかし相談に乗ることと、私ができることで手を貸すことはできる。
遠慮なく頼っていい。乗りかかった船だ、できることはやろう。困ったら相談してくれ」
……やっぱり厳しいけど優しい人だな。
「ありがとうございます。その時はお願いします」
できれば、華見月先輩の手を煩わせたくないものだ。話が大きくなるなら尚のこと巻き込みたくないな。
とりあえず白滝高校の件は置いておくとしてだ。
「話は変わるんですけど、俺のこの身体のことなんですけど」
「『呪い』だな。軽度の」
猫が話した時も大して反応がなかったからそういうことだとは思ったが、やはり華見月先輩も「呪い」については知っているらしい。
そして俺の反応を見て、先輩も俺が知っていることを察したようだ。
余計な確認作業はせずにするっと話を続ける。
「その様子だと、原因がわからないようだな」
そうなんですよ。そうなんですよ!
「なんかわかりませんか? 原因がはっきりするまではしばらくこのままで……という感じになってるんですが」
藁にもすがる想いで、早速華見月先輩に相談してみた。たぶん想定外の相談内容だろうど。
「『呪い』ならアルルフェルが詳しいはずだ。――おい、起きろ」
「んー?」
さっきまで普通に口を出していたにも関わらず、いつの間にか猫は寝ていたようだ。華見月先輩は容赦なく揺り起こしたけど。
「『呪い』の話だ。助言を求めている」
「んー…………現段階ではなんとも言えないなー」
チラリと右のまぶたが開き、気だるげな半眼が覗く。
「被害者の数、有効範囲、漠然とでも動機か原因が考えられる場合……どれかがわかってないと、考えようがないよね。推測だけなら立てられるけど、まだその段階にも行ってないかなー」
北乃宮も似たようなこと言ってたな、まだ考える段階じゃない的なことを。
だから、これから調査に乗り出すって話だったはずだ。
「まあでも、実害ないでしょ。それくらいなら。解こうと思えばどうやってでも解けるんじゃない?」
心情的には同意しかねるが、北乃宮や学園長の話ではそうらしいな。あくまでも様子見でこの状態を続けているわけだから。
「『真名』が関わるような重いのだったら話は別だけど、それくらいの問題なら出る幕ないなー。なんなら今ここで解いちゃってもいいけど?」
あ、この猫……というか飼い主は、確かに「呪い」に詳しいのかもな。だったら解けるんだろう。性別転換くらいなら余裕で。
でも、気になるワードが出たな。
「『真名』って本名のことだよな?」
「うん。基本『呪い』ってのは、本名と顔がわかってないと使用できないんだ。その代わりに普通の魔法と比べて使用範囲と持続時間が違うから……まあそういう特性から『別物』って考える向きはあるよね」
そうだな。
魔法と「呪い」は、根本は同じでも同系統とは考えづらいな。性質が違いすぎるから。
「でも『真名』と顔がわかっていなくても使える場合がある。ボクの知るケースでは『呪いレベルはかなり弱くて無差別使用』ってのだね」
ふうん……
「俺の状態で当てはめると、『呪い』としては弱いよな?」
この性別転換は、それなりの魔女なら普通に魔法でできることだ。
「で……無差別、か?」
ここはまだはっきりしてない。
今のところ、わかっている被害者は俺と北乃宮だけだろ? 俺たちだけに限れば共通項はあるからな。無差別……では、なさそうな気はするな。現段階では。
…………
無差別な「呪い」か。
特定の誰かを狙ったものではなく、手当たり次第に「呪い」が拡散されている。
想像しただけで恐ろしいものがある。
だが、なぜだか嫌な予感もしてきた。
まさか。
まさかな。
いや、そんな。
無差別なんて、そんなこと、ないよな?
だが、俺の胸中に生まれた陰り……嫌な予感は、何を躊躇うこともなく、当たってしまうことになる。
「――大変だ千歳!」
華見月先輩とついでに猫と話をした翌朝、朝食の準備をしている頃に、隣の乱刃が大騒ぎして部屋に飛び込んできた。
「なんだ、どうし――うわああああああっ!」
悲鳴を上げた。
今日も過不足なく女体化しているだけに、声が高くなっている分だけ高らかに悲鳴を上げた。
「見ろ! これを!」
「うるせー履け! まずパンツを上げろ!」
乱刃は、思いっきり下半身丸出しだった。
寝巻きにしているのだろう短パンとパンツを膝くらいまで下げて。
そりゃ俺だって悲鳴を上げるわ。どこの露出狂だ、と。
いや、だが、問題はよくわかった。
一目瞭然だった。
乱刃が取り乱す理由もちゃんと目視した。
――だって、生えてたから。小さいながらも確実に「男」だとわかるものが。
昨日の猫の言葉を思い出す。
――無差別な性別転換の「呪い」の拡散。
それこそ呪いのように心に染み付いた不吉な言葉が、まざまざと脳裏をよぎった。
「でもまあいいか。生えてるくらい。千歳、私は朝の訓練をしてくる。朝食は頼むぞ」
「呆れるほどマイペースだな、おまえ……まあ、飯は作っとくよ」




