152.貴椿千歳、華見月を部屋に招く(女子編)
いろんな意味で外にいる……いや、何気に衆人環視なこの環境にいるのが耐えられなくなり、騎士道部の慰労会には顔を出しただけで失礼することにした。
紫先生はまだ来ていなかったが、部長の新名先輩とすでに来ていた先輩魔女などには挨拶し、当然聞かれた女体化現象のことも「詳しくは北乃宮に……」と説明を押し付け、もはや部室に入ることなく退散する。
もう「誘ってる」など言わせない! 言われたくない! 男にも女にも!
幸か不幸か、期末テストも間近だ。
夏休みまでか、それとも調査が進展するか事態が動くか……とにかく何かが起こるまでは、できるだけ寮部屋に引っ込んでいることにしよう。勉強もしたいし。
擦れ違う女子擦れ違う女子が露骨に、あるいはさりげなく見ている気がするのは、気のせいということにしておく。
もう俺は何も見ない。
まっすぐ前だけ見て直帰する!
――と、思っていたのだが。
「ああ、貴椿」
下駄箱付近に、壁に寄りかかって立っていた女子が、俺を見て動き出した。
不自然だがマッチしている犬耳に、鋭い視線。
風紀委員の副委員長・華見月先輩だ。
「先輩さよなら」
「待て」
もう前だけしか見ないと決めていたので、すーっと前を通り過ぎようとしたのだが……ダメだった。逃がしてくれなかった。
何せ目の前に立ちふさがったから。
「先輩、俺、誘ってないです」
「なんの話だ」
……よかった。華見月先輩はいつも通りだ。獲物を狙う飢えた肉食獣のような目はしていない。
「少し話があるんだが、構わないか? それとも急いでいるのか?」
「話、ですか……」
急ぐ理由はないが、ここにはいられない理由はある。……ここでも何人かに見られてるし。
……正直に言ってみようかな。
「見ての通りこんな身体なんで、いつもより視線とか周囲の反応が気になるんです。できれば早く帰りたいです」
「ああ、そうか」
俺もだいぶしけた顔をしているのだろう。そんな俺の態度に、華見月先輩は少しだけ首を傾げて心配げに眉を寄せた。
「おまえを案じて来たつもりだが、そういうことなら話より帰宅を優先した方がいいか」
「俺の身を案じて、ですか」
「念を押しに来ただけだ。――白滝高校の手紙はどうするか、と」
あ。忘れてた。
白滝高校の手紙と言えば、婆ちゃんが出した例のアレだよな。「騎士検定で優勝できなかったら結婚してもいいよ」的な暴言満載の。
検定は、普通に負けて終わった。
次に、女体化現象でバタバタしていた。
で、これだ。
ヴァルプルギスの夜に付き合ってくれた華見月先輩だから、多少関わっている立場として接触してきたのだと思う。
厳しい反面、面倒見も責任感も強そうな人だから。
俺のこの姿を見ても普通に接している辺り、事情はともかく「こういうことになっている」とは聞いているはずだ。
きっと、手紙以外の心配もしてくれていると思う。
……ちゃんと話を聞いた方がいいだろうな。本人も言っている通り、俺のために来てくれたんだろうから。
「ちなみに、先輩はもう帰りですか?」
「テスト前だからな。問題がなければクラブも委員会も活動は禁止されている」
なるほど。じゃあアレだ。
「先輩がよければ、場所を移しませんか? もう帰れますよね?」
「ああ、構わないが」
こういう時、寮は便利だよな。近いし。
というわけで、華見月先輩を連れて我がアパート九王荘6号へと帰還を果たした。
「待て。立場上、寄り道はまずい」
「え?」
風紀委員として、校則に触れてしまうらしい。
「一度寮に戻って鞄を置いてくる――これでいい」
『瞬間移動』でほんの数秒はずし、何か言う間もなく戻ってきた。そういえば先輩も高レベル魔女なんだよな。やっぱり便利だよなぁ。
そんな華見月先輩と部屋に戻ってきた。
とりあえず上がってもらう。夏真っ盛りなだけに、外も暑いが室内は更に暑い。熱気がこもっている。まず風を通してからクーラーを……あ、そういえば、高レベル魔女先輩がすぐ後ろにいた。
「先輩、少し涼しくしてもらったりとか、できますか?」
「――これでいいか?」
冷たい風が室内に渦巻き、まだ開いている玄関ドアへ抜けていった。これまたほんの数秒で熱気がなくなった。本当に便利だなぁ。
「ありがとうございます。便利ですよね」
「そうだな。ささやかだがこういう時こそ便利だと実感するな」
適当に座っててくださいと言い残し、俺は台所に立つ。えーと、すぐ用意できる飲み物は……あ、アイスコーヒーが冷えてるよな。
「先輩、アイスコーヒーでいいですか?」
「あ、ああ。任せる」
テーブルに驚いていたのか、「なぜ切り株?」と呟きながら、切り株テーブルの表面を撫でながら華見月先輩は座る。俺は冷蔵庫を開け、コップに氷を入れて冷やしていたアイスコーヒーを注いだ。
茶菓子はクッキーでいいかな? まあ出せそうなのはこれしかないけど。
そんな諸々を用意し、俺もテーブルに着いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
……あの華見月先輩が俺の部屋にいる、という事実に違和感を感じつつ、とりあえず向かい合った。あ、クーラー入れとこう。
「まず、検定お疲れ様。生徒会の日々野がかなり無茶をしたらしいな」
「あ、はい。無茶というか――」
違和感があったのは最初だけで、すぐにそんなものは感じなくなった。
最初の入りから、しばらく世間話をした。
一昨日昨日と行われた騎士検定のこと。
もうすぐ訪れる期末テストのこと。
夏休み中の風紀委員の活動と委員長代理七重先輩がサボりそうだという危惧と、北乃宮の姉である火周へのちょっとした愚痴など。
風紀委員として厳しい面を多く見てきただけに、普通に世間話をしているのも不思議な感じがする。違和感はなくなぅたけどな。
――本題に入ったのは、帰宅して一時間過ぎてからだった。
「ういーす遊びに来たよー。うおーすずしーい。今日もまた暑いもんねー」
窓からの使者、セレブ猫・アルルフェルが堂々と不法侵入してきた。そしてすぐに横になった。畳が好きっぽい。なんという我が物顔だろう。
最近よく来るから感覚が麻痺してきているが、あいつ誰かの使い魔なんだよな。
……よくよく考えると、あいつを通じて、飼い主には俺の情報とか筒抜けなんだよな。しかも俺の場合、あいつを使役する魔女に会ったことないし。
「お、千歳が女連れ込んでる。なかなかやるなぁ」
「おまえか」
この前のヴァルプルギスの夜以前から、この二人は知り合いである。
「え? もしかして邪魔? これから放課後イチャイチャタイムしちゃうの? ストロベリー味なの?」
「馬鹿か」
華見月先輩、容赦ないな。「はっはっはっ」と笑ってる猫もタフだな。
「そうだよねー。そんな甲斐性あったら、ボクだって男の部屋で腹出して寝てらんないわー」
うん。
今バカにされたってのは、よくわかったよ。
「で? なんの悪巧みしてるの? 千歳も女の子になってるし、なんかするんでしょ? ボクも混ぜてよ」
あれ? 俺の身体、なんか自然と受け入れられてる?
「俺のことわかるのか?」
「もちろん。肉体が変化しても、魂の色や形は変わってないからね。まあこういう感覚は動物の方が人間より優れてるみたいだけどね」
ああ、そんな話も聞いたことあるな。特に喜怒哀楽や感情がわかるとかわからないとか。
……九浪で考えると嘘としか思えないけど。
「でも感心しないなー。『呪い』で遊んでるとその内痛い目に遭うよ」
……どうやら猫は、俺の身体は当然として、この身を変えている「呪い」についても即座に見破っているようだ。




