149.貴椿千歳ら、声を揃える(女子編)
概ね平和的に受け入れられた女体化のお披露目を経て、ほっとしながら自分の席へ着く。
「……?」
いつもなら、この時間は確実に埋まっている隣の席――北乃宮の姿がなかった。「最優秀賞おめでとう」とでも、祝いの言葉を投げかけてやろうと思っていたのに。
……あ、そうか。朝礼か。
朝礼の時に全校生徒に発表があると言っていたから、北乃宮本人も壇上に昇ることになるのかもしれない。だとすれば今頃奴は体育館で待機しているんじゃなかろうか。
最優秀賞、か。すげえなー。
というか、やっぱ俺が欲しかったな。そういうタイトルは。まあ欲しいと思えばすぐに手に入るほどお手軽なものではないんだけどさ。
……これから確実にあるであろう白滝高校とのやり取りとか、婚約話とかのことを考えると、気が重いな……
そういうタイトルさえ取っていれば、まだなんとか言い訳も立つのにな。
「あ、貴椿くん。一つ聞きたいことがあるんだけど」
これからを考えて気が重くなっていると、さっき揉もうとした橘がやってきた。
「眼帯をつけた女の子って、知り合い?」
……え? それって九浪のこと?
「そういう知人はいるけど。どっかで会ったのか?」
「うん、ああ、知り合いだったら別にいいんだ。……身内ってことで合ってる?」
「一応は」
生まれた頃からの付き合いで、戸籍上でも身内だしな。
魔女が認められているこの時代では、戸籍というわけではないが、使い魔も国の登録対象になっている。その上でも九浪と俺は親類関係にある。まあ単純に「魔女である祖母の使い魔」という関係だが。
「それって裸見せてもいい関係?」
「なんの話だ」
なんか話が見えない、というより、不穏な方向に流れている気がしてきた。
今橘をこのまま行かせると大変なことになるような予感が拭えない。
いらぬ誤解が広まる気がしてならない。
ここはぜひとも、事情を聞き出しておこう!
「いや、ほら、貴椿くんは検定で倒れちゃったでしょ?」
「ああ」
日々野先輩にやられてな。綺麗に意識を失った。あそこまでやられたのは久しぶりってくらいの完敗だった。
「で、貴椿くんは医務室に運ばれたわけだけど。その眼帯の女の子が、貴椿くんの身内だからーって言って医務室に訪ねて来たんだよ」
……あ、話が見えてきた。
「貴椿くんは氷漬けにされたから、運ばれて来た時は服とかびしょびしょだったんだ。それで、その介抱をしたのがその子だったってだけの話なんだけど」
そう、か……
九浪が俺の怪我とか治してくれたのか。確かに目覚めてみれば身体も服も異常はなかった。身体に違和感がなさすぎたせいで全然気にもしなかったが……
あいつあの時何も言わなかったからな。
やれドルだのなんだのつまらないことばかり言ってないで、そういうことを言えば良かったのに。
「身内だよ。家族同然の」
――まあ、ひねくれ者の婆ちゃんの使い魔らしいとは思うが。
「はーい、席に着いてー」
ホームルームには少し早い時間、担任の白鳥先生がやってきた。
「今日は全校朝礼があるから、第一体育館に集合してくださーい」
白鳥先生は黒板にも書き込み、まだ来ていない生徒に向けて書き置きを残した。
委員長に聞いていた通りである。そういえば朝礼なんてこれまでなかったな……まともな学校生活を送ってこなかった俺にとっては、これが初朝礼ということになる。
……って初朝礼か! 朝礼ってあの朝礼だろ!? 生徒たちが無駄に集結して校長だの教頭だののつまらない長話を聞かされながら眠気と戦うことになるという、学生生活で屈指の苦行だろ!? 耐えられた者は僧侶の滝行くらいなら鼻歌交じりで平気になるという噂の……!
ヤバイ、ちょっとテンション上がってきた。
だがこの興奮を分かち合おうにも、唯一の男仲間である隣の席は無人である。
「じゃあ花雅里さん、みんなのことよろしくね――あっと、そうそう!」
慌ただしく言いおいて教室から出ていこうとした白鳥先生は、顔だけ戻ってきた。
「貴椿くんも北乃宮くんも大変なことになっているけど、みんなで面倒見てあげてね!」
いや、面倒見てくれるのはありがたいけど、できるだけそっとしておいてほしいという気も……ん?
……今なんか、おかしなこと言ってなかったか?
「先生――」
呼び止めようとした委員長の声は聞こえなかったようで、先生は行ってしまったようだ。
「……」
花雅里はそのままフリーズした。どうやら何か考えているようだ。
うん……たぶん俺も今ちょっと固まっていると思う。
文脈が、おかしくなかったか?
貴椿くんも北乃宮くんも大変なことになっている、って、言っていたよな? だから面倒見ろって言っていたよな?
俺の大変なことは、この女体化現象だろ?
管理人さんが事情を説明してくれているから、白鳥先生が知っているのはおかしくない。
でも、北乃宮は?
俺と同列にして「大変なことになっている」って、不自然じゃないか?
だってあいつ、言ってしまえば検定で良い成績取ったってだけだろ? そんな奴の何を面倒見るんだ? 実力を示して結果を出しただけで、別にこれまでと変わらないと思うんだが。強いて面倒を見る必要がない気がするんだが。
考えられるのは、これで北乃宮人気が上がってあらゆる魔女たちに口説かれるんじゃないか、強引に迫られるんじゃないか、というパターンだが。それで周囲に騒動が起こってその辺の面倒を見てくれ的な感じで。
でもあいつに限ってそれはないんだよな。
北乃宮には、あの火周廻が付いている。
そんじょそこらのただの魔女が、まさか火周に睨まれるようなことをするとも思えない。
言い回しがちょっとおかしくなった。言葉選びを間違えた。
先生だって人間なんだし、そういうことがあってもおかしくない。
広義的な意味では間違っているとも言いづらいので、ただ単にちょっと不自然になっただけかもしれない。
……風間ならなんか知ってるかな?
隣の席のもう一つ向こうの席にいるだろう風間の方をチラッと見ると、
「――うおっ!?」
その目当ての風間が、思いっきりドアップで、すぐ傍にいた。
距離にして30センチほどのすぐそこに、中腰になって、俺の横顔をじーっと見ていたようだ。……マジでビビった。気配を殺して近付くなよ……
「……ど、どうした?」
近くで見ても圧倒的な無表情で、風間はすっと手を伸ばし、俺の頬に触れた。
「…………何?」
戸惑うばかりの俺の頬を、すりすりと撫でる。……こんな時も無口ってどういうことだよ。アクション起こすくらいならせめてなんかしゃべれ。意味を話せ。
「うわー本当に女の子だわー」
なんだかわけのわからないことになっている俺と風間の間に、今し方教室に来たらしき恋ヶ崎がやってきた。
「しかもちょっと可愛いな……ふーん」
委員長と同じくまじまじ見る恋ヶ崎――そして意味不明なことをしていた風間は俺から離れると、今度は恋ヶ崎に顔を寄せ、ひそひそと何かを伝えた。
「え? ……肌のきめ細かさが半端じゃないって?」
そういう理由で触ってたのかよ! 言えよ! 事情の説明もなく触るとか怖いだろ!
そんなわけのわからない一事があったせいで、俺は白鳥先生の投げかけた違和感を、すっかり忘れてしまった。
もし風間にちゃんと質問していれば、これから起こることを知り得たのかもしれないが。
……無口すぎる風間相手じゃ質問したところで返事が来る可能性も、限りなく低かったとは思うが。
そういえば、朝礼もそうだが、「第一体育館」にも初めて行くことになる。
目の前にいた恋ヶ崎が「行こう」と言ってくれたので、一緒にその第一体育館へと移動する。
その道中で、「朝礼初めてなんだけど」という風間ショックでやや散ったテンションを掻き集めて語ると、恋ヶ崎は「第一体育館は小中高までの、大学を抜いた九王院全校生徒が入る大きな体育館なのよ」と教えてくれた。
俺たちがこれまで体育などで使っていたのは、第二だったり第三だったりの体育館となるそうだ。
「第一体育館は別空間にあるから、生徒は自由に出入りとかできないの」
なるほど。騎士検定で行ったような「この世界以外の場所」にあるわけだ。第二、第三体育館は一応敷地内にあるからな。
「ところでちゃんとスキンケアしてる? 素材の良さだけで勝負してると、後から後悔するわよ?」
……うん、これはこれで、恋ヶ崎は男相手でも女相手でも面倒見がいい奴、という証明なんだろう。
…………
で、俺は何と勝負すりゃいいの?
女として誰と勝負するんだ?
俺は嫁探しに田舎から来てるんだけどな。
――そんな話をしつつ、一階から二階へ続く階段の踊り場に行くと、あるはずのないドアがあった。
いつもは意識さえしない壁だったはずだ。特別に魔法で作り出したのだろう。
恋ヶ崎や、周囲のクラスメイトたちとともにドアを抜け、第一体育館へと到着した。
その後のことである。
やれ初等部や中等部の生徒も一同に介し、おびただしいまでの魔女たちが集う現場に居合わせ、あらためて九王院学園には日本中から魔女が集まっていることを実感し。
混雑しているこんな状況でも委員長はテキパキと指揮を取り、俺たち1年4組をさっさとまとめて並ばせて。
そんなこんなで待っていれば、急に照明が落とされて、ようやく朝礼が始まる。
面識のない先生が開始の合図を告げ、静まり返った俺たちの前に、あの人が立った。
壇上に現れた赤毛の女性は、あの学園長――九王院カリナである。遠目に見ても威圧感というか、存在感がすごい。
少々ざわついたのは、世界でも珍しい高位魔女だからだろう。
魔法が使えない俺からしても、もしかしたら魔女たちにとっても、雲の上の人のような存在なのかもしれない。
学園長は簡単な挨拶から入り、昨今の魔女界隈の話を手短にし、「最後に――」と先日の騎士検定試験について話した。
いよいよである。
我ら1年4組の生徒が、俺たち男子生徒の男子仲間であるあの北乃宮が、まさに全校生徒の前で高位魔女に称賛されるのだ。
それはクラスメイトとしても、数少ない肩身の狭い男子生徒としても、そして俺にとっては友達としても鼻が高い。自分のことでもないのに自分のことのように自慢したくなるくらいに誉れ高いことだ。
「――北乃宮くん、こちらへ」
ついに来た!
学園長の呼びかけに、舞台袖からあの見慣れたヘルメット頭が現れた。
「「……?」」
違和感。
というより、疑問。疑惑。
俺たちの目の前に現れたのは、見慣れたヘルメット頭である。
ただし。
ヘルメット頭しか、見覚えがなかった。
学園長の隣に立ったあいつは、――そう、俺と同じ制服を着ていた。
今の俺と同じ制服を。
例の、ひらっひらの、短いアレを履いていた。
「「――なんで女子だよ!!」」
俺も、クラスメイトも、北乃宮を知るよその男子も魔女も。
ともすれば体育館の生徒たちの十分の一くらいの生徒が、思わず、声を揃えてつっこんだ。
要するに、男子ではなく、女子だった。
学園長の隣に立ったのは、ヘルメットのような髪型の、どう見ても女子だった。




