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Witch World  作者: 南野海風
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147.貴椿千歳、登校する(女子編)





 こんにちはっ。

 わたし、貴椿千歳。高校一年生の十五歳。もうすぐ十六歳になるんだ。ルンルン。


 九王町は今日も大騒ぎ。だって魔女の町なんだモン。


 左を見ても、右を見ても、みーんな魔女。魔女ばっかり。魔女づくし。美魔女も多い。


 こんなタイヘンな町に、なんで魔女じゃないわたしがいるか、って?

 気になる?

 気になるでしょ?


 気にな……る、よね?


 気になるでしょ? 気になるのよ。そうよね? 気になるか気にならないで言えば確実に数ミリは気になる方に振れるはずだから気になるということでいいと思う。


 どうしてかっていうと、それは――






「もういい、やめてくれ」


 得意げな顔でつらつらと妄言を発する乱刃を、俺はついに止めることにした。

 だって、ほら。

 管理人さんの目が虚ろになってるし。


「なんだもういいのか」


 奴は何事もなかったかのように再び座り、箸を取った。


「今私がやって見せたような、限りなく自然な自己紹介をすればよいのだ」


 いや……いやいや。


「なんかめちゃくちゃ古かった気がするんだが……」


 一昔が10年とすれば、二昔どころか三昔くらいは世代がずれていた気がする。

 だって「ルンルン」とか。

 俺、なんか乱刃がそんな世迷言を口走った時、奴がどんな表情してたのか思い出せないくらいだし。あまりの衝撃に意識でも失っていたのかもしれない。……直視できなくて思わず視線を逸らしてしまっただけかもしれないが。


「知っているか、千歳?」


 乱刃はずずっとしじみの味噌汁を啜り、ニヤリと笑った。


「この世には漫画という娯楽があるのだ」


 ……うん、はい。


「あるよな。漫画」


 こいつ……マジだ。マジで言ってやがる。

 一瞬、俺が島育ちという大変な田舎者であることを馬鹿にされたかと思ったが。

 漫画という知識やアイテムさえないほどの、えぐいレベルの田舎だと馬鹿にされたかと思ったが。


 乱刃のこの自信に満ちた表情……こいつ、これは本気で言ってやがる。


 もうなんか、かわいそうになってきた。

 自分の置かれている立場さえ忘れるくらいに、乱刃がかわいそうに思えてきた。こいつ今までどんな生活してきたんだよ。どこに住んでたんだよ。飢えてるし。そりゃ管理人さんも虚ろな目をするだろうよ。あんな顔にもなるだろうよ。





 俺にとっての騎士検定が終わって、二日が過ぎた。

 昨日は騎士検定の本戦が行われたはずだ。

 俺の騎士検定は土曜日で終わっていたので、見学に行くかどうか迷っていたのだが、突発的にして重大な事件が起こったおかげで結局行くことはできなかった。


 その重大な事件とは、あの女体化事件である。

 今も変化なく、俺の身体は女体化したままである。


 特に体調不良ということもないし、ただ女になってしまったこと以外はなんの支障もなく。

 だから今は普通に落ち着いてしまった。


 騒いだって仕方ない。

 なってしまったものは、本当に、仕方ない。

 

 一昨日はめちゃくちゃ動揺したものの、相談してみた管理人さんの話では、魔女の世界では特に珍しい現象というわけでもないらしい。断腸の想いで相談した女体化状態の俺を見ても「あら」の一言で済まされたくらいだしな。


 そう。

 そうなのだ。

 「肉体に変化が起こる」程度のことだと思えば、俺だってそんなものは物心ついた頃から間近で見てきた事象じゃないか。 

 婆ちゃんの若返りも、九浪くろの烏と人間の変化だって、広い意味では同じ現象だと言える。


 管理人さんの話では、「俺の女体化の原因はわからない」とのことだが、これは意図的に伏せられた情報である。

 たぶん管理人さんは、原因は知っていることだろう。

 そして俺も、伏せられた意味も含めて、答えを知っている。


 これは、軽度の「(のろ)い」である。


 誰が何のために、ってのはわからないが、俺の身体に掛けられた魔法は「呪い」――現代では一般的に知られていない、魔女の世界でもあまり知られていない、極端に使い手が少ない陰湿な魔法のジャンルである。


 「呪い」という魔法は、本当に一般には知られていない。

 魔女でさえ知らない者が多いはず。

 なぜなら意図的に隠匿されてきたからだ。管理人さんが話さなかったのも守秘義務的な意味があるからだと思う。


 掛けられている感じ、これはかなり軽いものだと思う。

 なんて言えばいいのか形容にすごく困るのだが、俺の中に妙な不純物が混ざり混んでいるのは、感覚的にわかるのだ。軽度なだけに多少の違和感しかないし、多少ゆえにすぐに慣れて忘れるくらいだ。それくらいに軽い。


 婆ちゃん辺りに頼めば、すぐに解呪できると思う。

 たぶん九浪でもできる。

 管理人さんも、もしかしたらできるかもしれない。

 まあ管理人さんの場合、「呪いであること」を話さなかった……というか話せなかった以上、直接どうにかする権限がないんだと思うが。

 事の流れを自然に組むなら、俺の立場なら、学園長が解呪するって感じになるんだろう。九王院学園に通う以上、あの人の庇護下にある状態だからな。


 だからこの現象はすぐにでも解決できるとして。

 問題なのは、俺の女体化そのものではなく、なぜ俺が女体化という「呪い」を掛けられたか、だ。


 犯人は誰か、ってのも当然気になるが、それと同じくらい犯人の動機が気になるところだ。


 俺が女になって得する奴なんているのか?

 嫌がらせが目的なら、もっと別の存在に変えてもよかっただろう。動物とか。カエルとか。愉快犯ならそんな感じの存在に変えて大騒ぎになった方がよっぽど楽しめるはずだ。


 なのに、ただの女体化だ。

 別に苦しみが伴うわけもなく、痛みがあるわけでもない。

 ……強いて言うなら、女性物の服や下着を着用することに、精神的な苦痛があることくらいである。うう……なんか色々と着衣がつらい……ただ女装してるだけみたいでつらい……


 ――それと、だ。





「そろそろ行くか」


 すっかり朝食も済み、いよいよ時間が迫っている。

 なんの時間か、って?

 今日はなんの変哲もないただの平日月曜日の朝で、つまり結論を言えば登校の時間だ。そろそろ部屋を出て、余裕を持って学校へ行くのが望ましい。


 ……望ましいとは思っているし、もちろんそんなことはわかっている。


 ただ。

 ただ……今のこの状態で、学校へ行くことに抵抗感がありまくるだけだ。

 

 管理人さんが持ってきた女子用の制服を着て、下着も女性用を着け、むき出しの足が妙に気になるスカートを腰にし、どこからどう見ても完全に女子生徒と化しているこの状態で学校へ行くことへの抵抗感がすさまじいだけだ。

 正直、初登校時よりも、今の方が緊張している。


 乱刃に意見を求めても、先の通りまったく役に立たない。

 いや、役に立たないどころか、俺の異常事態より乱刃自身のことの方が心配でかわいそうに思えただけだった。奴は折を見て古本屋にでも連れて行こうと思う。なんとかOFFに連れて行こうと思う。


 ……とりあえず、クラス委員長の花雅里辺りには、先に話を通しておいた方が無難だろう。いきなりこの格好の俺が教室に行くのは、たぶん、混乱を招くだろうから。というか混乱しか起こらないだろうから。

 はあ……行きたくない……


 憂鬱な溜息が漏れる俺の今はほっそりした肩に、管理人さんが触れた。


「大丈夫よ、貴椿くん」


 え?


「あなたは可愛い! 女子の制服姿で台所に立つ姿は女子以上に女子らしかったわ! 何も恥じることはないし、堂々としていればいいのよ!」


 力説する管理人さんの瞳は、強く輝いていた。

 冗談でもなんでもなく、どこまでも純粋な本音なんだろう。


 ……管理人さん、そういう問題じゃないんですよ。

 ……むしろ、いくら女体化したからって嬉々として女性物の衣服を着させたあなたの行為も、憂鬱の原因なんですよ。










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