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Witch World  作者: 南野海風
141/170

140.魔女の穏やかな日々 十九  前編






 至福の時ッ……!


 圧倒的眼福ッ……!

 

 終わらないチラリズムに胸を焦がすッ……!


「――なんで失格なんですか!? 絶対試験外で参加証失ってるんですけど!」

「――一人ならともかく、三人とも揃って無くしてるんですよ!?」

「――これ明らかにおかしいでしょ! 明らかに人的被害でしょ!」

「――そう言われても、もう失格として処理してしまっているから……どうしようもないのよ」


 私のすぐ隣で、見覚えがある気がする三人の赤蘭学院女子が、声高に白鳥先生に食い下がっているのなんて耳に入らない。


 今はそれどころではない。

 今はそれどころではないっ!


まもなく昼食時ともなれば、ただでさえ数多くの男子が集うこの会場ハーレムは、装いを新たにしていた。

 まるで第一幕が終わったと言わんばかりに。

 これが、これからが第二幕……本当の騎士試験であると証明するかのように。 


 まさかここまで雰囲気が変わってしまうとは思わなかった。

 そう、何より変わったのは、雰囲気だ。

 雰囲気がまったく違う。

 もうなんというか、朝が甘酸っぱい青りんごなら、今はピンクとパープルの絶妙な狭間の色に染まっていると言えるだろう。


 そう――制服なるフェチズムくすぐる小悪魔のヴェールを、無理やり引っペがされた男子たちの宴が始まっているのだッ!


 『脱がし』……試験中に事故を装って男の衣類を脱がせるという、聞いた限りでは特に深く考えることもなかった「子供のイタズラ」のようなそれ。

 しかし、ほぼ一斉にこうして被害者が続出してしまうと、決して「子供のイタズラ」で済む話ではなくなる。


 そもそも、よく考えればわかることだったのだ。

 破廉恥極まりない魔女たちのイタズラが、子供の遊びで済むわけがない、と。

 おかげで会場は、ほぼ裸、何やらセクシー部分がチラチラしている、やぶれたズボンの隙間からまさかのっっっ……という男子たちがうようよするようになってしまった。


 その姿は、さながら獲物を求めて徘徊するエロいゾンビのようで…………襲えゾンビ。誰か。私を。待ってるぞ。ここで待ってる獲物がいるぞ。おい。スルーするな。せめてこっち見ろ。ガン見してるだろ。見ろ。


 過多にすぎる男子の肌色は、ある意味では目の毒である。

 すでに試験参加者から裏方までの魔女数十名が、この雰囲気に飲まれ、鼻血を垂らす・よだれを垂らす・身体中から女子として名状しがたい体液を垂らす、などの甚大な被害が出ている。


 え? 私?

 色々怪しいけど、まあ、よだれは垂れてるよね。間違いなく。





「橘さん、よだれ出てる」


 ほら、陣内さんに注意されたよ。


「え? 出てないよ?」


 とりあえず否定しておいたが、


「いやすごい出てるよ。垂れてるよ。否定しながらでもいいからせめて拭こうよ」


 海堂さんにも注意されてしまったので、仕方なく自前のハンカチで拭っておく。……拭っても後から後から出るんだよね。こういうものは。だって自然現象だし。


「二人は平気なの?」


 こんなにもエロゾンビが徘徊している中にいて、平気でいられる女子の方がアレだろう。珍しいだろう。

 これはアレだね。

 こっちから物陰などに連れ込みたくもなるよね。……さすがにそこまではしないけど。


 ……それにしても、これだけいて誰も襲ってこないな……

 まるで女など見えていないかのように、視線さえ向けることなく横を過ぎていく……


 ――まあほとんど目が死んでるしね。

 確実に服と一緒にプライドと男の尊厳も脱がされて、本当に生きた屍みたいになってるしね。


「さすがにちょっとかわいそうだから……」

「うん、ちょっと素直に楽しめないよね。目が死んでるし」


 …………


「そうだよね。さすがにちょっとかわいそうで、素直に楽しめないよね。わかるわーチラリズム最高とか半裸の男にたぎってきたとか言い出せる雰囲気じゃないわー」


 少々あやしい間を入れつつも同意する私に、二人は真顔でつっこんだ。


「「よだれ」」





 さて、二人の冷静な意見で、私も少し頭が冷えた。

 色々と異様ではあるけれど、夏場のボーイズビーチの方が露出多いんだから、ちょっと真横を色々チラチラしている半裸の男が通過してもそう騒ぎ立てるまでもないだろう。……ガン見はやめてちょっと横目で見るくらいにしておこう。


 それで、だ。


「――というわけで、ここからは細かくシフトが変わります」


 赤蘭学院の女子たちをのらりくらりとかわし「もっと上の立場の人に言わないと、一スタッフの私にはどうしようもないわ」と華麗に責任の所在をたらい回しした白鳥先生は、先生の下で働いていた私たちを廊下の一角に集め、エロゾンビが増殖した現状の説明をする。


 溢れる過度のセクシーに、決して少なくない魔女たちが、ちょっと仕事ができる状態じゃなくなってしまったらしい。

 具体的に言うと、ちょっと興奮しすぎちゃったみたいだ。身体中の毛穴から色々垂らして。

 何人か医務室に強制連行……いや、大事を取って休ませる方向で処理され、人手ががくっと減ってしまった。

 これまでも多少バタバタしていたが、それでも少しは余裕があったのだが。

 単純に働き手が減ってしまったので、ここからは個々人に掛かる負担が増えることになる、って話だね。


 ……確かに白鳥班も、私がよだれ垂らしてた間に何人か減ってるみたいだしな。


 傍目にはわからないが、時折り妙な間を入れて黙り込むのは、『通信』の魔法でよその先生たちと連絡を取り合っているからだ。朝からなのでもう慣れた。

 素早い情報交換をしつつ、白鳥先生は私たちに仕事を割り振っていく。


「陣内さんと海堂さんは、もうすぐ昼食の時間だから、食堂への誘導をお願い。食堂の前にいる先生と合流して指示に従って」

「「はい」」


 おっと。仲良し三人組の仲が崩されちゃったぞ。


「橘さんは、私と一緒に来て」


 どうやら私だけ先生の付き人となるようだ。


 「以上。何かあったら連絡して」の声に、私を除く皆が散っていく。





 残ったのは、私と白鳥先生だけである。


「先生、これから何するんですか?」


 問えば、「来て」と白鳥先生は移動し始め、慌てて私も後に続く。

 そして先生は背を向けたまま答えた。


「昼からの試験は、一般……まあ関係者には限るんだけど、外部からお客さんが来て、見学できる仕様になっているのよ」


 へえ。関係者だけではあるけど、参加者以外が見に来るのか。……ああ、そういや同じクラスの縫染さんが見学にどうこうって言ってたっけ。

 名門男子校の学園祭みたいなもんかな。関係者に配布される、お金で買おうと思えば万単位はするプラチナ的なチケットがないと入れないからね。行ってみたいなぁ男の楽園……


「それで、橘さんは度胸があるから」


 え?


「度胸? ないよ?」

「そこで恥ずかしげもなく『ない』なんて即答できる時点で、大したもんだと思うわよ?」


 なぜだ。


「参加証取ってきた三人が真横で抗議してても、平然としていられるくらいなんだから。他人みたいな顔して」

「やだな。取ってませんよ。あれは三枚とも落ちてた物を拾っただけです」


 例の夜空のような先輩から受け取った不届き者三人の参加証を、私は白鳥先生に提出した。

 ちょっと「なんか近くに貴椿くんに興味を持ってた三人組がいました気がしますけど」と一言添えて。


 まあそんな一言はまったく関係ないだろうけど、白鳥先生は、それを普通に失格者として「処理」してしまった。方々に確認を取ったり本人たちに返却することなく、スタッフとして忠実に職務を果たしたのだ。

 赤蘭の女子たちが白鳥先生に抗議に来たのは、たまたまだ。

 たまたま参加証の紛失が発覚した時、スタッフとして近くにいたからだろう。


 ただそれだけの話である。

 この話のどこに、私に度胸があるという結論にいたる理由があるだろうか。

 度胸があると言うなら、実際にやってしまったあの先輩だろう。


 ……おっと。


「よだれ拭きなさい。あと前を見て歩いてね」


 ついついすれ違う男たち (四人組の半裸!)に目を奪われていると。

 目を奪われれさるを得ない至宝に視線を持って行かれていると。

 いつの間にか、前を歩いていた白鳥先生が立ち止まっていたらしく、軽くぶつかってしまった。


「周囲はおろか本人たちの目も気にせずそこまで露骨にガン見できるなら、充分度胸があるわよ」


 ……ちっ。

 咄嗟に否定したものの、どうにもごまかせないそうにないな。

 私に度胸があるのかどうかは置いておくとして、「度胸が必要な仕事」って時点で、もはや心労と苦労が目に見えているじゃないか。


 この時点で断言できる。

 絶対に、間違いなく、面倒事を押し付けられる。厄介事でもいい。


 軽い気持ちのバイト感覚で参加してる私に、何をさせる気だよ……





「そんな度胸のある橘さんには、ちょっとお偉いさん(VIP)の相手をしてもらいたいなって」


 ほらね。

 面倒事にして厄介事だったじゃないか……


 









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