136.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 24
「フッ……負けたぜ貴椿くん」
同士であるはずの北乃宮から返答がなく、重苦しい沈黙が場を満たし。
そしてそれを威風堂々破り捨てたのは、やはり國上だった。
「そこまで正々堂々チ○コをおとりに出せるのなら、私から言うことはもう何もない」
おい。囮っておい。
奴のハートの強さはどこから来るのだろう。
……この先、國上だけは敵に回したくないな。あいつは危険だ。あいつはいろんな意味で常人の一線を超えてやがる。
奴は凄みのある視線で、俺を射抜いた。
「揉め。そこまで覚悟ができてるなら、もう遠慮はいらない。恥じらいも躊躇いも無粋なだけ――」
國上がニヤリと笑うと同時に、ガラっと医務室のドアが開いた。
「――チチを揉め。有象無象の女どものチチを、片っ端から揉んでいけ」
いや。おい。待て。マジで。
「……」
突如現れた女王様 (のような見た目の)、総合騎士道部顧問・紫先生は、いきなり耳に飛び込んできた不穏極まりない発言に首を傾げた。
赤フレームのメガネをクイッと押し上げ、その奥にある相貌が何かしらの強い意志に冷ややかに輝く。
「何の話です?」
……表情こそ変わらないものの、たぶん紫先生イラッとしてるぞ。今。
限りなく歓迎も迎合も推薦もされない推奨を耳にしてイラッとしてるぞ。
しかし國上は、わかっているのかいないのか……いやわかっている。奴は鈍くない、きっと紫先生の心境をちゃんと理解している。
そして、ちゃんと理解した上で、不敵に笑うのだ。
「ふふっ……男の子ってすぐ成長しちゃうんですね」
意味深な、だけどきっと意味がない適当なことをほざきながら、國上は紫先生の脇を抜けて歩き去っていった。
なんて奴だ。
爆弾を投下するだけ投下して、自分だけさっさと安全圏に行きやがった。それも堂々と。皆の注目を集めながら。何あいつの心臓の強さ。さすがにもう嫉妬するレベルだぞ。
「……あの子はどうしたんですか?」
見事に煙に撒かれた紫先生は、唖然として國上の背中を見送り、俺たちに聞いた。
もちろん。
俺たちは誰一人、答えることなどできなかった。
あいつほどの強心臓を、持ち合わせていないから。
……あと大事なことだけど、俺は胸を揉んだんじゃなくて参加証を探しただけだからな。
揉むのは主題じゃない。
そこを誤解されたら本当に俺の立場が悪すぎる。
國上には、近い内にきちんと納得させなければなるまい。
「あー……それより紫先生。後片付けは終わったんですか?」
新名部長が露骨な話題転換を試みると、紫先生も不承不承ながら話を進めてくれた。
「ええ、これで大会一日目は終わりです」
そっか。そう言えば、紫先生は裏方としての仕事があったんだよな。
「貴椿くん。身体はどうですか?」
「見ての通り全快してます。ご心配をおかけしました」
「いえ……あなたの場合、かなりのイレギュラーがあったようなので」
さっき蛇ノ目が言った通り、ヴァルプルギスは勝つために参加していたわけじゃない、と紫先生は念を押した。
いや、それはいいのだ。別に。
「あの時は『避ける』という選択肢もあって、でも俺はそれを選ばなかった。その結果として医務室に運び込まれた。要は俺がうまく立ち回れなかっただけの話なんだし、別に日々野先輩をどうこう言うつもりはないですよ」
予想としては、「逃げられない」し「まともに戦っても勝てない」から、他の騎士たちを守り戦線復帰してもらいたかった。
全員で当たれば、わずかながら勝機も見えたと思う。あそこには10人近くいたわけだし。
……しかし考えれば考えるほどへこむなぁ。
だって騎士たち、俺を見捨てて逃げるって選択を選んだらしいし。
俺のがんばりと踏ん張り、はっきり言って無駄だったってことだし。
ま、これも俺の読み違いの結果だから、仕方ないか。共闘しなければいけないってこともない、そういう試験だったんだから。
「元気そうで何よりですが、明日の参加は許可できません」
「え?」
――聞けば、俺の参加証は取られなかったそうだ。
状況をつぶさに見ていた國上が、ここぞという時に「脱出の合言葉」で試験会場を抜けたので、それに伴い同チームにある俺も意識を失ったまま試験会場から脱出。
つまり、俺はまだ参加権が残っているらしい。
えっと……あの氷のビルに入る直前が13ポイントで。
ビル内にて、糸杉と蛇ノ目の参加証を奪って15ポイント。
更に、「脱出の合言葉」で勝ち抜け扱いとなり、プラス5ポイント。ただし「合言葉」使用でマイナス1ポイント。
ということは、最終的に19ポイントの得点が、俺たちチームにはあったわけだ。
そう考えると、紫先生の発言の意味がわかる。
「もしかして、明日の試験にも参加できる?」
確か22ポイントはないと厳しい、とかなんとか言っていたと思うが。
「今回は、少々魔女側が頑張りすぎたようで、ポイント上位順から数えるとF班は参加できます」
マジかよ! 俺はもうてっきり負けたと思ってたのに!
つまり白滝高校とのごたごたも、まだまだ介入の余地があるってことだな!? 最悪の状況ではないんだな!? 俺は結婚相手を自分で探す権利がまだあるんだな!?
「――ですが、明日の参加は許可しません。F班はここまでです」
……あ、そうですか。そういやそう言ってたよね。
「理由は聞かなくてもわかりますね?」
「はあ、まあ」
答・哀川先輩が失格になっているから。
参加するとなれば、明日は國上と二人きりでやらねばならなくなる。
それは、想像するまでもなく、きつい。
國上の性格がどうこうという意味ではなく、実技的な意味でだ。
これで國上が魔女だったら、まだやりようもあったと思うんだが……騎士二人きりでは無謀だろう。
いよいよ状況がちゃんとわかってきた。
やはり俺が崖っぷちにいることが、明確かつ鮮明に、ちゃんとわかってきた……
勘弁してくれよ……
時刻は5時前。
「先生、うちの子がお世話になっております」
九浪が俺の保護者のごとく紫先生に挨拶したり、俺が北乃宮の裏切りにちょっと抗議してみたり、蛇ノ目がこんこんと糸杉に「今ここで話したことは外部に漏らさないように」と説教していたりと、それぞれが適当な時間を過ごし。
そして、医務室を出た。
紫先生が「後片付けを済ませてきた」と言うだけあって、もう参加者もほとんど帰途に着き、現世界と隔絶されたこの試験会場には、わずかな人しか残っていない。
6時には魔法を解除し、この空間は消え失せるそうだ。
ちなみに、こういう生命をたくさん呼び込むような魔法空間には安全装置が組み込まれており、内部に誰かあるいは何か生物がいた場合は術者にわかるようにできている。なので空間内に閉じ込められる、という恐れはない。
俺たちはだらだら話しながら帰還用の魔法陣に乗り、この世界に戻ってきた。
この時期のこの時間なら、まだ外は明るいはずだが、あいにくの曇り空で薄暗かった。
降り出しそうだと思っていただけに、ポツポツと小雨に地面が濡れていた。




