134.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 22
「気がついたか」
新名部長 (覗いてなかった)が、気楽に声を掛けてきた。
「あ、はい。試験は……おっと」
九浪が烏の姿で、バサリと俺の肩に止まった。そして頬に擦り寄ってくる。……その姿だと拒否しづらいことを見越しての小賢しい行動である。……本当にもう……
「その烏、身内なんだろ? 急にやってきたんだが」
「ああ、はい、身内です」
「……よかった。かなりヤバそうな奴だったから心配してたんだ。大丈夫だったみたいだな」
だろうな、と思う。
騎士志望と言えど新名部長くらいの実力があれば、九浪がどれほどの存在かもおぼろげながら見抜けるだろう。
「どうも面倒をおかけして、すみませんでした」
とりあえず頭を下げておいた。
俺はきっと、試験で気を失って医務室に担ぎ込まれたんだろう。そして新名部長たちは、俺の目覚めを待っていたのだ。
「いや、なんというか……なあ?」
気まずそうに眉をよせ、新名部長は北乃宮に視線を向けた。ちなみに北乃宮も覗いてない。
「情けない」
ぐふっ。
心を抉る一言だった。……き、北乃宮、容赦ないな……
「恥ずかしい限りだ。まさかあんなことになっているとは思わなかった」
「すまん……おまえには色々鍛えてもらったのにな……」
新技も身につけたし、すごく世話になったのに。
結果が出せずに申し訳ない。
「…? 何が?」
あ? 何がって……
「……ああ、君なんか勘違いしているな」
ん?
「俺は、君一人に日々野先輩の相手を任せた恥知らずどもに腹が立っているんだ。一人を盾にして呑気に相談だと? 騎士志望が聞いて呆れる」
あ、そっちですか。
「君も君だ」
あ、やっぱ俺にも怒ってらっしゃると……
「迷っていい状況じゃない。参戦するにしろ撤退するにしろ、場を抑えている君に負担をかけないよう時間と選択肢を残すべき状況だ。たとえ全員撤退でも、それでもそれは君にも撤退の選択肢を与えることになる」
「あ、でも」
「でも実際そうなって撤退できたかどうかわからない、か?」
うわ……お見通しで。
「わからないなら尚更だ。勝ち目のない防衛戦に望むよりは、逃げられるかもしれない可能性に賭ければいい。どうせ片方は己の勝利を顧みない時間稼ぎだけの策だしな。
君は甘い。
あの状況で1分以上のんびり相談できる程度の実力しかない奴ら、見捨てて逃げればよかったのに。君の甘さはすでに自分の首を絞めている」
厳しいなおい……
都会の男子はクールだな。シティボーイ北乃宮はクールボーイすぎるだろ。
あと、奴の背後で「そうその通りもっと言ってやれ」と言わんばかりに、いちいち風間が頷いているのが、ちょっと気になる。奴もクールガールか。内気なクールガールか。
「……ごめん、貴椿くん」
と、頭を下げたのは、間接的に……いや割と直接的に責められた、哀川先輩だ。北乃宮の言い分に当てはめるなら「俺一人に魔女を相手させた恥知らず」になってしまう。
だが、実は哀川先輩の場合、それ以前の問題だった。
この人は、ルール違反で失格になっていた。
タイミング的には、俺と國上が現場に到着した辺りで。
何をしたかと言えば、哀川先輩は、自分のチーム外の参加者に治療魔法をかけてしまった。
言わずもがなである。
哀川先輩は、速攻で、氷漬けになっていた綾辺先輩に回復魔法を使ったそうだ。
騎士検定試験では、治療魔法の使用は同チームにのみ許可されている。もしよそのチームへの使用が認められていたら、騎士志望者たちが徒党を組むことになりかねないからだ。
一時的な共闘は認められているらしいが、それ以上の支え合いは認められていない。だから魔法による支援も許可されていないそうだ。
「私はずっと狙ってたんだけど」
國上は、「桜爛」による騎士たちの回復を努めた後、物陰に隠れて紙製ライフルで日々野先輩を狙い続けていたらしい。
ただ、撃てるチャンスが一切なかった。
そりゃそうだろうさ。
俺が攻勢に出ていれば援護射撃のチャンスもあっただろうが、俺が選んだのはほとんど防御一辺倒だ。
あの状況では撃つだけ無駄だったはずだ。
もっとも、万が一撃って当たったところで、ペイント弾だしな。撃っても当たっても日々野先輩が怒るだけだっただろう。
そのほか。
哀川先輩と國上の動向はわかったとして。
よその団体・学校の騎士たちもあの場にはいたわけだが。
彼らは日々野先輩に畏怖し、更に俺と日々野先輩の戦闘を見て、ほとんど心が折れてしまったそうだ。
明確な実力差。
どうやっても覆せない、そこらの魔女とは一線を画す魔法の力。
こんな規格外すぎる魔女などまともに相手にできないという、寒さからも感じられる精神的圧迫感。
更に。
そんな魔女と一時的にではあるが、ギリギリで張り合ってみせた俺の存在。
彼らは日々野先輩より、むしろ俺の騎士としての実力を見て、果たして自分たちの助力で日々野先輩どうにかできるだろうかと疑問を抱き。
できるわけわけがない、と半数以上が思ってしまったらしい。
力を併せるべき時に、それができなかった。
それが、俺への援護が遅れた理由。
……というより、遅れたどころか、待っても来なかったんだろうな。
そりゃ遅いはずだわ。
この話が本当なら、援軍なんて来なかったんだから。
話し合いが揉めて、揉めて、結論として「逃げる」という判断が下された時。
そんな時に、三動王が独断で、俺と日々野先輩の間に割って入ったそうだ。
俺が最後に見た光景は、それだったわけだ。
哀川先輩と國上の説明を聞き、話が終わったと同時に北乃宮が呟いた。
「聞けば聞くほど不愉快ですね」
お、おいおい……
「怒るなよ北乃宮。おまえが怒るとなんか怖い」
いつもクールで全然感情が見えないくせに。
今は、見た目は一見普段通りなのに、内心かがりピリピリしているのがはっきりわかる。あれはかなり怒ってるぞ。あれだけ感情的な北乃宮なんて初めて見る。……マジで怖い。
「俺が? 怒っている? そんなことはないが?」
いや怒ってる。すげー怒ってるよ。
「落ち着けよ。……経験不足の騎士志望に、日々野冥はあまりにもきつすぎる。俺だって避けたいくらいだ。直接当たったら心が折れるかもしれないしな」
新名部長がクールボーイを宥めるも、「俺? 別に? 落ち着いてますが?」とクールにかわす北乃宮。いつもより無表情すぎて怖い……結局いつも通りなのはそのヘルメット頭だけか。
「いやあ……なんか……うちのせんぱいがサーセンっす」
自分たちの先輩が槍玉に上げられていると思ったのか、糸杉が口を開いた。顔を赤らめて。こいつは覗いていた。
そして、次にその隣にいる蛇ノ目が言った。こいつも覗いていたが、普段と変わらない。
「色々あったせいで、ちょっと頑張りすぎたみたい。明日本戦ならともかく、今日ヴァルプルギスの参加は珍しいから」
それもそのはず、本日試験一日目……まあ予選のようなものだが、この予選でヴァルプルギスが参加するのは、かなりのレアケースなんだそうだ。
つまり、今日ヴァルプルギスが参加したなら「騎士志望と戦う以外の参加理由」がある、と考えられる。
高レベル魔女の実力は、そんじょそこらの魔女とは比べ物にならない。
下手をすれば、予選段階で勝ち抜けるチームが一つもなくなる……騎士サイド全滅という目も当てられない結果になる可能性が、無視できないくらい高いのだ。
誇張でもなんでもなく、事実として。
そう言えば、心当たりはあるわけで。
俺が知る限り、今日参加したヴァルプルギスは、三人だ。
蒼桜花中等部の式嶋護と、ヤンキー久城夏凪。
そして日々野先輩だ。
式嶋はちょっと聞いてないが、久城と日々野先輩は、何気に参加理由を聞いている。
久城は学校だか周囲だかの心象を良くするため。
日々野先輩は、1年生の引率って言ってたよな。
本当なんだかどうかは怪しいくらい軽く言われたが、あれが本当だったら辻褄は合うわけで。
「あの人、本腰入れて参加する気はまるっきりなかったはずだよ。直接実戦に当たってたのは、ほとんど私と糸杉さんだったし。少なくとも騎士たちを狩り尽くそう、なんてことは考えてなかったはず」
わかる話だ。
だって日々野先輩、本気でやる気があるんだったら、速攻で俺を片付けて、後ろの騎士たちもさっさと潰していただろうから。
「むしろなんでこんな……貴椿くんが医務室に運び込まれるほど追い込むってのは、かなり意外というか、私からすれば考えられないというか。
もしかして貴椿くん、何かした? 日々野先輩を怒らせるようなこととか」
日々野先輩を怒らせるようなこと、か。
……なんかしたか?と首を傾げ、思い出した。
そうだ。
あれから日々野先輩の手口が変わったんだ。
「参加証を奪おうとして失敗したら、怒った」
そう、あれからだ。日々野先輩が嫌な攻め方をしてきたのは。
「――あ! あれ参加証探してたんだ!」
ん?
國上がポンと手を打ち大声を上げるので、全員の視線が向いた。
「私てっきりチチ揉んで口説き落として見逃してもらおうという大胆だけど合理的に全員助かる方法あそこで考えついた上に躊躇なく行動できるなんてマジ天才だと思ってた!!」
…………
なぜだろう。
日々野先輩はここにはいないはずなのに。
室内が、凍りついた、気がする。




