129.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 17
蛇ノ目から離れ、奪い取った参加証を自分の参加証に重ねる。
これで生徒会の1年生は、どっちも脱落だ。時間にしてもだいぶ早く片付いたな。
「終わったかー。やれやれ」
蛇ノ目はググッと伸びをしながら、いまだ床に転がる同僚に歩み寄る。
「糸杉さーん。おーい。戻ろうよー」
「ううっ……蛇ノ目さーん……おとこに汚されたこの自分を、抱いて慰めてほしいっす……」
「抱く? ……こんな感じ?」
「あ、あったかい……」
……なんか抱き合ってる……何やってんだあいつら。
「これが愛のぬくもりなんすね……うふふ」
「愛か。……愛ねぇ」
……蛇ノ目がチラッとこっち見たんだけど。なんだよ。
「日々野先輩、邪魔になりそうなので私たちは抜けますね」
「ええ。お疲れ様」
参加権を失った蛇ノ目と糸杉は、早々に試験場から抜けてしまった。
まあ、俺にとっての本番も、これからだからな。
気合を入れ直さないと。
「強いわね」
壁際に寄っていた日々野先輩が、ゆっくり歩み寄ってくる。
騎士たちの立て直しはまだか?
たぶん……もう始まるぞ。
「俺が強いんじゃなくて、魔女が加減してるだけでしょう」
使用魔法の制限とかな。
あれがなければ……というか、戦う方法が無分別なら、力量差はもっと顕著だ。
この場に俺たちと日々野先輩がいるのもそうだ。
このくらいの高レベル魔女なら、騎士を狩るのに同じ空間にいる必要がない。手が届く距離に来る必要がない。
そもそも同じ舞台で戦う必要さえない。
はっきり言って存在する次元が違う。
あくまでもルールがある試験だから、まだ太刀打ちできる余地があるのだ。
そして、そんなルールがあっても単独では勝てないほど力の差がある。
目の前の白い魔女が、まさにそれだ。
「そんな台詞が出ること自体、貴椿くんがどれだけ苦労してきたか偲ばれるわね。あなたは魔法を、魔女をよく知っている。可哀想なくらいに」
……苦労したさ。
婆ちゃんの試験に、俺が有利になるルールなんて一切なかったからな。
「……」
「そっち見ないでもらえます?」
まだ立ち上がっていない騎士たちの方を見た日々野先輩は、すぐにこちらを向いた。
「もう少しかかりそうね」
やっぱりか……早くしてくれよ。一人じゃ時間稼ぎにも限度があるんだぞ。
「でも、いいわよね?」
「何が?」
「後輩がお世話になったんだから、今すぐお礼をしてもいいわよね?」
ふっと、日々野先輩が消えた。
右。
俺の右側面に「瞬間移動」。
意識より早く身体が反応した。
無造作に伸ばされた日々野先輩の左手を、中和領域を張りながら強く払いのける。
ビキッ
「くっ……!」
触れた瞬間、右手が手首まで凍りついた。分厚い氷が手を覆う。
そして魔除けの力に触れて、すぐに氷が消え失せた。
……ヤバイ。
想像していた以上に、魔力が強い。
今、日々野先輩の氷は、俺の中和領域を簡単に超えてきた。
これは俺の力より日々野先輩の魔力の方が優っているという証拠だ。
俺の手札では、シールドか「翡翠」じゃないと完全に防げないだろう。
だが、どっちも単発式である。
連発もできなくはないが、わずかに生じるタイムラグは、どうにもならない。
更に、こうなってくると、また話が変わってくる。
「避けてもいいわよ?」
ゴッと吹き荒ぶ、触れたら切れそうなほどの冷たい風。
それは俺が一瞬で消し飛ばしたものの、消えただけで今もまだ続いている。
この位置、この角度での、吹雪の再来。
俺は吹雪を封じるために、中和領域を強いられる。
この位置、この角度は、俺が騎士たちを背負う形になっている。一定角度の飛び道具は身を挺してでも防がなければならない。
それに、これ以上ビル内の気温を下げられると、それこそ身動きが取れなくなる。
今俺が展開する中和領域を解除したら、室内に吹雪が舞い、まだ立て直しができていない騎士たちにダメージが及んでしまう。
だが、この位置、この角度、この構図にはもう一つの意味がある。
すなわち、俺の身動きも封じるということ。
「あの桜好子蒼の孫がどう判断し、動くのか――」
ビキビキと強引に中和領域を割る、氷の音。
俺の張る中和領域を無視して、日々野先輩の周囲に氷柱のような氷の塊が数十本生み出される。
「見せてちょうだい」
――マジでヤバイぞ。
この構図は、あくまでもポーズだろう。
今ここで自分と戦え、逃げたら騎士たちを襲う、という。
つまり、俺に許された選択肢は一つ。
手詰まり感満載の中、この危険な魔女と、逃げずに戦わなくてはいけないということ。
騎士たちが倒れたら、元々低い勝ち目がなくなってしまうのだから。
飛んでくる氷柱をシールドで防ぐ。
前面はなんとかなるが、左右後ろからのは全部避ける。当たれば刺さるだろう鋭利な氷針数十本は、俺の身体を削るように通過していく。くそ、魔法を生み出す空間も広い。
シールドに切り替えたせいで、一瞬だけ吹雪が荒れる。こっちは中和領域じゃないとどうにならない。
というか、もう張っている余裕がないかもしれない。
目くらましのように広がった白い弾幕の中、本体は頭上から迫っていた。
「翡翠っ!」
日々野先輩が掲げた右手を下ろすと同時に、俺も右手を突き出し「翡翠」を発動。
ゴォ!
祓えなかった魔法は、俺の左右を駆け抜けた。
床に這った冷気がどんどん積もっていくのが見なくてもわかる。
足元から這い上がる冷気がまたひどくなった。
氷は積もる。
定期的に中和領域で祓わないと、物理的に身動きが取れなくなりそうだ……
が、中和領域を解除する必要に迫られてしまう。シールドや「翡翠」も使用しないと、致命傷になりうる大技に対抗できない。
手っ取り早いのは、日々野先輩を直接叩くことだが――触れたら体温を持っていかれる。正直、これ以上体温を奪われたら、身体の自由が利かなくなりそうだ。
俺の攻撃方法は、打撃や関節技くらいしかない。
やると決めたら一気にやらないとまずい。
まずい、が……勝機のヴィジョンが見えない状態で相打ち覚悟の攻撃なんて、愚の骨頂だ。
完全に手詰まりだ。
やはり一人じゃ勝つのは無理か。
しかし、まあ、やることはやっとかないとな。
桜好子蒼の孫としては、もう少しがんばらないとな。




