124.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 12
「これが今度のうちの新商品」
國上が、ポケットから取り出したペラペラの紙を素早くノリ付して組み立てれば、そこには一丁のライフルが出来上がっていた。
元々はペラい普通の紙なのに、組立している段階から紙はある程度の硬質を保つようになり、傍目にはそれなりに立派なスコープ付ライフル銃が國上の両手にあった。
難があるとすれば、元の紙が白かったので、そのライフルも白一色ってところだが。
ペーパークラフト――さっき使った「とり餅」もそうだが、使い捨て魔法陣「魔法陣用紙」の技術を応用した代物だろう。
平面から立体への変換技術……か。
ライフルそのものはともかくとして、この魔法陣を組立て立体的な物質とする技術自体は、かなり新しいのではないだろうか。俺はこんなの見たことがない。
「え? 撃てるの? 実弾を?」
哀川先輩も驚いていた。――そうだな。この魔道具、考え方によっては危険すぎるもんな。
「実弾は無理ですよ。玩具ですし」
そうじゃなかったら、それこそ本当に危険すぎる。
「撃てるのは専用のペイント弾だけです。玩具ですから強度もその程度なんですよ。水に弱い使い捨てだし」
ふうん……
「ただ、当てれば専用探知機に反応が出ます」
そうか。GPS的な使い方ができるんだな。
國上がやりたいことを要約すると、ペイント弾を当てておけば、この先ビルを凍結させるような魔女と不意に遭遇する確率が減るってことだ。
それは非常にありがたい。
だって、たぶんあのビルを凍らせているやつ、きっと中に誰かを――騎士を閉じ込めるためのものだ。
魔女なら『瞬間移動』で脱出もできるだろうが、魔法を使えない者からすれば逃げ出すのは難しいだろう。
俺の察知能力は、あくまでも察知するだけ。
魔女が本気で追いかけてくるなら、やはり追いつかれてしまうし、俺の力の及ばない距離で魔法攻撃を仕掛けられたら厄介だ。
「でも、当てたら……いや、狙って撃っただけでも、こっちの居場所がバレるわね」
哀川先輩の指摘は正しい。
狙って撃った瞬間、こっちの居場所と「攻撃を仕掛けてきた」という事実が露呈し、少なくとも狙われた側は怒るだろう。
飛ぶようにしてやって来る可能性は、決して低くない。
いや、絶対来ると思う。
怒り狂ってやってくると思う。
だってペイント弾だろうがなんだろうが、狙撃された時点で敵意が伝わるだろ。それにペイント弾だなんだは撃つ側が知っているだけで、撃たれる側からすれば攻撃だとしか思えないはずだ。
「……撃ちたいんです」
販促のために、か。
哀川先輩を見る國上の目は、本気である。……真面目な顔してなんてこと言うんだ。状況が違えば危険人物の発言じゃないか。
まあある種の危険人物であることは、もう否定できない気もするが。
「やめなさいよ……こっちに気づいていない肉食獣に、わざわざちょっかい出す必要ないじゃない」
その通り!
確かに、日々野先輩の居場所がわかるっていうなら今後のメリットはあると思うが、撃てば「今後」なんて気にする間もなく、「直後」にとんでもない問題が起こってしまう!
「……ですよねぇ。気が逸って組み立てちゃいましたけど、撃ちどころじゃないですよねぇ」
よかった。國上も冷静さを忘れてはいないようだ。
ならば話は早い。
「早く移動しましょう」
こっちから見えるってことは、向こうからも見えるってことだ。見通しのいい場所には長くいるべきじゃない。
「そうね」
と、國上は返事をしながら、白いライフルのスコープを覗いた。
狙撃チャンスを見逃すことが名残惜しいとかそういう感じではなく、本当に何気ない行動に見えた。強いて言うなら問題の場所の観察をより詳しく……ってところだろうか。
それにしても、この行動からして、スコープも一応使える仕様になっているようだ。玩具のわりには本当に狙撃銃としての機能ができているのかもしれない。
「……あれ?」
ん?
「なんか見えるのか?」
「うん……ちょっと、いやだいぶ見づらいけど……ビル内で戦ってるみたい」
ビル内、って、あの氷漬けのビルのどこかか?
距離もあるせいで、肉眼では見えないし、恐らく氷で密閉されているので音もまったく聞こえない。
しかし言われれば納得はできる。
誰かがいるからああなった、というのは自然な考え方だ。戦うべき相手がいたから、って考えるとより自然だと思う。むしろ「何もないのに氷漬けにしました」って方がおかしいだろう。なんの魔法の無駄遣いだよ。
「……貴椿くん、周囲に誰かいる?」
哀川先輩の問いに「いいえ」と答える。
周囲に問題はない。目下の問題は、あの氷漬けの現場だけだ。
「警戒しておいてね」
そう言い置き、哀川先輩は両手を合わせた。
そして、開くと同時に小さな魔法陣を展開し――「眼球」を生み出した。
さっき魔女が使っていた全方位を視認する魔法「六の眼」の、簡易版だ。
元は六つの目を生み出すものだが、先輩は一つだけ生み出した「眼球」を、問題のビル群へと飛ばした。
……こういう使い方もできるとは知らなかった。
「六の眼」はスタンダードマジックの一つだが、練度や理解度が深まると、また違う形で使用することもできるわけだ。
ただ、簡単ではないのかもしれない。
哀川先輩は展開した魔法陣を維持したままなので、きっとそれなりの集中力が必要なのだろう。
慣れない魔法、強い魔法は、察知される。
俺が察知できるように、他の人も……特に魔女もそれがわかる。だから先輩は俺に周囲の警戒を任せたのだ。
今哀川先輩は動けない。
こんな状態で襲われたら、たまったもんじゃない。
「んっ!?」
國上とともに黙って目撃情報を待っていると、先輩はカッと目を見開いた。
「あ、あのバカ何やってんのよ……!」
え?
…………
俺と國上は顔を見合わせた。
哀川先輩がひどく動揺する理由なんて、一つしか思い浮かばなかった。
「綾辺先輩ですか?」
「別にあいつのことなんてどうでもいいんだけど! 別に日々野さんに襲われてたって関係ないし! バカだから襲われるんだし! あとだらしないし、時間にルーズだし、遅刻癖あるし、だらしないし!」
あ、大当たり。
まあ謎でもないしクイズにもならないか。わかりきったことだ。
どうやらあの氷漬けのビル群は、日々野先輩と、綾辺先輩のチームが戦闘状態に入ったからああなったようだ。
「……で、でも、三動王さんと若槻先輩が心配だから、見ちゃった以上は助けないといけないし……助けないとだし!」
あ、そうだ。綾辺先輩のチームには三動王がいるんだよな。若槻先輩ってのは、俺はよくしらない3年の女子か。
「先輩落ち着いて。詳しく状況を教えてください」
綾辺先輩関係で錯乱している哀川先輩をひとまずなだめ、國上は目撃情報を聞き出す。
どうやらあの氷漬けの中に閉じ込められているのは、綾辺先輩チームだけではないようだ。
そうだよな、あれだけの広範囲を閉ざしたんだ。1チームのみ捕獲するにしては規模が大きすぎる。
犯人というか、やはりやったのはヴァルプルギスの日々野先輩で、もう何人も騎士が狩られているようだ。綾辺先輩たちは他の閉じ込められた騎士たちと協力して、日々野先輩と戦っている……らしい。
ところどころヒートアップする先輩から根気強く聞き出した情報を整理すると、そういうことになる。
全てを聞いた國上は、ニヤリと笑った。
「これ、もしかしてチャンス?」
「狙撃の?」
「それもある」
あるのかよ。まだ諦めてなかったか。
「綾辺先輩のチームは強い。特に三動王さんは、総合騎士道部で体術は最強だと思う」
らしいな。実際は見たことないが、めちゃくちゃ強いとは聞いている。
「更に、他にも何人か騎士が巻き込まれている。つまり騎士側の戦力があそこに集中している」
……なるほどな。
「偶然にしろ戦力が集まっている今、ここで力を併せて日々野先輩を狩ることができたら、今後すごく楽になる……か」
ビル数棟を氷漬けにするようなとんでもない魔女がいるのといないのとでは、考えるまでもなく難易度が下がる。
それと同時に、他の騎士が生きていることにもメリットがある。
あんまり減りすぎると魔女がこっちに集中してしまう。
他の騎士を救うことができて、単独で遭遇したら必ず負けるような強敵が消える。
ヴァルプルギスなんて相手にするのは無謀極まりない。
が、勝算があって、かつ「今後」自分たちが有利になるのであれば、「今」無理をするだけの価値は……ちょっと見出すのは難しいが。
それでも、一考するだけの価値はあるだろう。
勝負どころ……なのかもしれないが……
…………
まあ、結論はもう出てるかもな。
哀川先輩はさっきからずっとそわそわそわそわしてるし、國上は最初から撃ちたくてしょうがないって顔してるし。
「じゃあ、揉める時間もなさそうなので、多数決で」
――俺の提案は、二対一で、日々野先輩を狩るという方向で決定した。




