121.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 9
昼食はデリバリー式である。
さっき橘から貰ったメニュー表には、魔法陣が描かれた特殊な鉄板が備え付けられている。そこに注文すると、魔法陣の向こう側にいる料理人が作って、こっちに転送してくれるのだ。
例の「ヴァルプルギスの夜」で使用した、ホテルのルームサービスもこれだったので、俺もわかる。
まったく便利な世の中になったもんだ。
まあ、距離とか準備とか魔法陣の運用関係で、さすがに一般家庭ではできないシステムではあるものの。
しかし、いずれ魔道具業界が発展したら、一家に一枚万能転送魔法陣が据えられる時代が来るのかもしれない。
みんなで食事を摂りながら、話すことと言えば、やはり三回戦目の試験のことである。
あとで紫先生から説明があるだろうと思っていたが、聞くともなくこの場で話される内容で、どんな試験かわかってしまった。
三回戦目は、要はサバイバル戦だな。
現在生き残っている騎士志望と魔女を全員投入し、参加証を賭けて勝負する。
これだけなら、一、二回戦とあまり変わらないが、明確に違う点がある。
それは、目的地と制限時間がないこと。
参加証を貰ってすぐ登録した『脱出』の言葉で抜ければ、それが公式の記録として残り終了となる。
ちなみに三回戦のみ、『脱出』の言葉での試験終了を達成すれば、5ポイントが与えられるそうだ。恐らく引き際の見極めって意味も含まれているからだと思う。
あと、騎士検定では数回しか達成されたことがないらしいが、相手を全員失格にする、ってのも、決着の付き方としてはありえるようだ。
要するに、俺たちの場合は、魔女5人……いや、『脱出』の言葉の使用で1ポイント減るから、6人の魔女から参加証を奪えばOKってことになる。
「それじゃちょっとキツいんじゃない?」
え?
「最低でも20点、だよ。ポイント上位から決められたチーム数だけ、明日の本戦に出場できるから。だから20ポイントで行ける時もあるし、行けない時もある。最低ラインってだけで確実とは言い難いかな」
「明日の全国試験に出たい」と意思表明すると、哀川先輩からそんな言葉が返ってきた。
昼食も済ませ、腹ごなしに体育館をうろつき、少し時間を潰して試験場へ下りる魔法陣に到着。
いつの間に用意したのか、それぞれの試験場に転送するように複数準備されていた魔法陣は撤去され、代わりに大きな魔法陣が一つだけ敷かれていた。
騎士も魔女も一度に参加すると言うだけあって、直径10メートルはあろうかという円形魔法陣だ。こんなに巨大なものは初めて見た。
変わったのは魔法陣ばかりではなく、客席にも変化が現れていた。
午前中は空席ばかりでガラガラだったのに、今は少しだけ埋まってきている。あれはきっと、見学にきた一般の関係者たちだろう。
「確実に、って言うなら、22点くらいは欲しいですよね」
経験則からわかっているのだろう國上に、哀川先輩も「それくらいよね」と頷く。
マジかよ……
午前中、二回も目的地に駆けた半動がモロに響いてきたな。
北乃宮なんかは試験はじまってすぐに『脱出』しても、明日の全国試験出場は確定だ。まあ北乃宮の性格なら、念の為にあと1、2ポイント獲得してからにするだろうけど。
明日の試験を狙うのであれば、必要なのはあと6点ではなく、8点か……
しかも俺はまだ戦闘を経験していない、素人同然だ。
いくら前二回が不利な試験場だったとはいえ、戦闘を避けるべきではなかったのかもしれない。
いや、だが、あの環境での戦闘はやっぱり避けたかったしな……あれは仕方ないだろう。
しかし8点かぁ……
かなり厳しいなぁ……
周囲を見れば、俺たちと同じく、参加者たちがどんどん魔法陣の上に集まってきている。
騎士か魔女かの見分けはちょっとつかないが、まあだいたい半数ずつだとしてだ。
魔女の中には、絶対に戦いたくない奴が参加しているのは、忘れていない。
混雑してきたこんな場でも、異様に目立つスカジャンの女――管理人さんの妹の久城夏凪。格好も雰囲気も、あるいは知られている存在としても、皆に遠巻きにされている。
そしてそのその久城に何事か話しかけている、蒼桜花の女子――確か式嶋護、だったかな。蒼桜花学園の中等部生とか言ってたっけ。
言わずと知れて、あの二人はヴァルプルギス……レベル7以上の魔女だ。
使用魔法に制限が掛かっているものの、魔力の強い魔女が放つ魔法であれば、単純に威力が高いのだ。
それこそ抗魔法を簡単に貫くくらいに。
それに懸念はまだある。
いや、むしろ増していると言った方が正確だろう。
果たしてヴァルプルギスからの参加は、あの二人だけなのか?
……あれ?
……なんか、こっちに気づいて……
あ、こっち来た!
「お久しぶりです。貴椿先輩。もう会うこともないと思っていたんですが、意外と接点がありましたね」
式嶋は、あのホテルで会った時と同じく、厳しそうで真面目そうだ。
その式嶋は、まじまじと俺の顔を見て、更に厳しい顔をする。
「……ポイントが低いですね? あなたも真面目に参加していないんですか?」
あなたも、には、まず彼女の隣の久城が数えられているんだろうな。
「それぞれのペースがあんだよ。外野がとやかく言うなよ」
ぼやく久城を、式嶋はキッと睨む。
「あなたのはサボリと言うのよ」
うん、そいつのはたぶんサボリだと思う。見ろよあのふてぶてしい顔……怒ってる式嶋見て火周張りにニヤニヤしてやがる。
「そうやって怒って怒って顔中しわだらけになっちまえ。ブース」
あ、火周より性格悪そうだな。
管理人さんはあんなに優しいのに妹はこれか……いや、人それぞれだよな。
「こ、この不良っ……!」
その挑発は効果てきめんだったようで、式嶋は顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。
「いやいや待て待て待て待て! 待てって!」
俺は慌てて、食ってかかろうとする式嶋を止める。
今の発言で怒り狂う気持ちはすごくわかるが、手を出しちゃいかん! 傍で見てた俺でさえイラッとしたくらいだがそれでも手を出しちゃいかん!
「それよりちょうどよかった! おまえらに聞きたいことがあるんだよ!」
強引でもいい、とにかく今は話を進めよう!
「……はぁ……はぁ……き、聞きたいことって?」
怒りのあまりハァハァしている式嶋は、ニヤニヤしている久城を無視してこっちの話に乗ってきた。……血圧気をつけろよ。
「おまえらの他にヴァルプルギスから参加してるのっているのか?」
「いないね」
答えたのは、式嶋じゃなくて久城だ。
「明日の全国には参加するっつってたけど。今日は中等部の私らだけ」
おおそうか! それは朗報だな!
つまりこの二人にさえ気をつければ、なんとかなりそうってことだな!
「ああ、でも」
冷静さを取り戻しつつある式嶋は、少しだけ首を傾げた。
「これからやる最終試験だけは、九王院の高等部生徒会の代表として、日々野先輩が参加するって聞いてますよ」
日々野……あ、日々野冥、か。真っ白な氷体質の人だったよな。
「マジで? あの人来んの?」
久城も初耳だったようで、驚いている。
「ええ。生徒会の1年生の引率も兼ねて参加する、と言っていたはずだけれど」
生徒会の1年?
というと……蛇ノ目か? あいつくらいしか知らないが。
そんな挨拶を済ませ、久城、式嶋が去って。
黙って様子を見ていた哀川先輩と國上に、今ので判明した情報を伝える。
「あの二人、ヴァルプルギスなの?」
「生徒会の日々野先輩が来るのか……いやちょっと待って。それより蛇ノ目さん来るの? あの人、邪眼持ちだよね?」
二人とも、予想通り驚いていた。
――やっぱり簡単に済みそうもないな。
8点か……厳しそうだなぁ……




