120.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 8
「今回は半数以上が残りましたね」
二回戦目の制限時間が過ぎた頃、紫先生の招集に騎士道部総員が集まった。
場所は体育館の外で、俺たちがこの「空間」にやってきた時に転送された魔法陣の近くである。
参加人数が26名で、15人ほどが生き残っているみたいだ。
参加証を奪われた者も、生き残っている者も、皆それなりに満身創痍……に見えなくもないが、先の綾辺先輩しかり、制服にダメージを負っているだけって感じのようだ。
やっていることがやっていることなので、とかく怪我人ができることなんて容易に想像できる。
なので、魔法治療ができるスタッフは充分に揃えてある。そして試験で傷ついた者は、即座に回復を受ける権利があるらしい。
ちなみに制服のダメージも魔法治療が可能だ。
「修理」とでも言った方が正確かもしれないが。
試験中は、制服の破損も試験要素の一部とされて、怪我以外の魔法治療は認められていないものの、試験後に要請すれば魔法で直してくれる。
九王院の場合は、検定のスタッフではなく紫先生が対応してくれることになっている。
すでに脱落している連中は、このあと直してもらうらしい。
……まあ、まだ生き残っている連中、特になぜか自慢げにチラリ要員を務める綾辺先輩は、試験中なので直せないのだが。
一応、騎士志望の魔女というのも存在するので、その魔女が使えるなら修理もOKということになっている。
ただしよそのチームへの使用は認められておらず。
何より、その修理の魔法自体の難易度が高いらしく、騎士志望で直せる魔女はほとんどいないそうだ。聞けば哀川先輩も無理なんだとか。
「B班、E班、Gチーム。前へ」
紫先生の声に従い、数名の生徒が前に出た。
「あなた方は、午後の試験は棄権していただきます。お疲れ様でした」
チームに一人か二人しか生き残っていないからだろう。
試験場に出た今なら、単独での参加がどれだけ危険かはよくわかっている。
俺だけじゃない。
それこそ魔女に襲われ参加証を奪われた本人たちが理解しているからこそ、きっぱりと試験終了を言い渡された生徒たちは、声を上げることさえなくそれを受け入れた。
大人しく首に掛けていた参加証を外し、先生に差し出す。
ここで終わるのが残念なような、満足に戦えない以上この処置もしょうがないと受け入れほっとしたような、なんとも言えない顔をしていた。
残っているのは、部長の新名先輩がいるAチーム3名。
ちなみに一人脱落したらしい。
半裸の綾辺先輩、三動王がいるCチーム3名。
だが一部巧妙な隠匿のせいで、チームワークはガタガタだ。
俺たち……俺と哀川先輩と國上のFチーム。
特に言うことはないが、強いて言うならまだまともに魔女と戦っていないので、うちのチームは一番獲得ポイントが低い。
唯一の二名登録である北乃宮と風間のHチーム。
こいつらに関しては実力を知っているだけに、勝ち残るのも当たり前って感じだ。
こうして九王院学園総合騎士道部は、最終的に11人ほどが午後の試験を待つことになった。
三回戦は、昼休憩を挟んで午後からになる。
しかも試験のルールが変わり、少し難易度が上がるんだとか。
まあそれは後で先生から説明があるとして。
「では一時解散とします。帰宅希望の方は私に一言告げてから帰ってください、昼食はいつものように、試験会場内にある食堂を利用してください。部長、あとは任せます」
ちなみに紫先生は、空いた時間は検定のスタッフとして裏方で働いているらしい。
顧問として自分の生徒の面倒も見て、参加者の面倒も見て。
先生も大変そうだ。
「ポイントが低いな」
北乃宮と風間の顔には、「18」という文字が浮かんでいる。現在の獲得ポイントだ。
「おまえらはすごいな」
「18」ってことは、目的地か制限時間生き残りで5ポイント×二回として、それとは別に8人もの魔女から参加証を奪ったって計算になる。
対する俺たちは、戦わずに目的地到達が二回で10ポイントだ。
たぶん九王院だけじゃなく、生き残っている参加者中でも最低なんじゃないだろうか。
「なー? 北乃宮は顔に似合わず好戦的だもんなー?」
「俺のことよりそのビジュアル系みたいな衣装脱いだ方がいいですよ」
綾辺先輩、北乃宮にも言われてるぞ。
「この辺とか見えそうで見えなくてセクシーだろ?」
「ちょっと距離を置いてもらっていいですか? 身内だと思われたくないんで」
さすが都会の現代っ子、クールな対応だ。
「風間、試験どうだった?」
「……」
何気なく近くにいた風間に声をかけたら、すすっと北乃宮の影に隠れてしまった。
こんな時でもやはり奴はしゃべらないか。筋金入りだな。
――そんな話をしながら、俺たちはぞろぞろと、体育館内にあるという食堂へ移動していた。
なんでも午後の三回戦は、関係者限定だが一般公開されるらしい。
試験場にカメラ的なものが仕込まれ、その映像を見学できるシステムができているんだとか。
お客さんが入ってくる前に昼食を済ませておかないと、混雑してからでは移動にも食事にも時間がかかってしまう。
「――この検定試験自体、確立されて間がない。だから試験を兼ねたテストケースとして開催、記録にも残し、更なる効率化とルールの調整が行われる。一回戦、二回戦もある程度は記録されているはずだ」
と、三動王が教えてくれた。
ちなみに彼女 (綾辺先輩含む)のチームのポイントは「15」である。
三動王は、体術なら部内最強だと思う。
綾辺先輩も、露出過多なチラリズム主義だが、あれで騎士としての実力は高い。
もう一人の三年生は知らないが、総合的にはこのチームが一番優れているんじゃないだろうか。
「公開されてようがなんだろうが、やってる方にすりゃ何も関係ないからな。気にせずやればいい」
新名部長は、経験不足の新人や実力に斑がある下級生と組まされ、、面倒を見ながらの参加となっている。
たぶん、組んだ連中だけしか選べないと言うなら、新名部長は一人で参加した方が好成績を残せると思う。
それで脱落者一名で未だ生き残っているというのだから、指揮の上手さも然ることながら、本人の実力もかなり高いと思う。
ちなみにポイントは「13」だ。やっぱり俺たちよりはがんばっている。
食堂は、空間をいじっているのか、かなり広かった。まるで校庭って感じだ。だだっ広いそこに、長机と椅子がずらーっと並んでいる。
参加者全員が一度に来ても、半分くらいしか席は埋まらないんじゃないだろうか。ものすごい席の数だ。
そして俺たちは、意外な人物に会った。
「――こんにちは。メニューをどうぞ」
出入り口でメニューを配っている、スタッフ専用腕章を腕に通している女生徒だ。
九王院の制服を着ていて……なんだろう? ボランティアだろうか?
だが、それより。
聞き覚えのある声だと思って人ごみの中から顔を確認すれば、スタッフは同じクラスの橘だった。そりゃ聞き覚えがあるはずだ。
「ありがとう」
新名部長がメニューを受け取り、ぞろぞろと入っていく中、俺たちは足を止めた。
「橘」
「あ、貴椿くん。ってみんないるじゃん」
俺、北乃宮、三動王、風間と。橘はクラスメイトを見回す。
「全員残ってるんだ? すごいね」
「それより何をしている?」
三動王が問うと、橘は「バイトだよ」と簡潔に答えた。
「人手不足だから手伝えって、昨日の夜連絡があってさ」
人手不足、か。
裏方が何をしているかはよくわからないが、紫先生も裏方の仕事に回っているくらいだから、決してスタッフ数に余裕があるわけではないんだろうな。
「いやーいい仕事だねー」
いい仕事?
…………
裸同然の男たちがたくさんいるから、って悪い方向の意味だと捉えるのは……俺の中に芽吹いた魔女へのトラウマのせいだろうか。
島から出てまだ数ヶ月。
俺の心は、あの頃と比べれば、確実にすさんできている……気がする。




