119.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 7
いいかげん、さすがに、無視できなくなってきた。
「――うっうっ」
壁際に移動した俺たちの隣に、どこかの学校の男子たちがいて。
その男子の一人が、泣いていた。
そして同じチームらしき男子二人に慰められていた。
この三人に共通しているのは、泣いている男子はパンツ一丁のほぼ全裸で、慰めている二人はほぼ半裸という、夏場のビーチってレベルの露出をしている点である。
裂けた服を強引にまとっている寒々しい姿は、同じ男としては痛々しく見えてしまう。
服がやぶけたって身体は痛くはないが、心まで痛くないかと問われれば、それは確実に否である。
あの服の残骸は、そのまま心の傷である。
もちろんというか、言うまでもないというか。
彼らは好きで半裸だのパンイチだのになっているわけではない。
露出狂の露出マニアというわけではない。
彼らの涙と名誉と誇りに掛けて、そこだけは強調したい。
しかしまあ、それだけなら、例の「脱がし」にやられたんだろうな、と思うだけである。
問題は。
今この体育館にいる男子の。
だいたい半分くらいが、すでに、なんらかの被害を衣類に受けている、という点である。
「……」
「……」
すぐ隣に半裸二人とパンイチ一人という場違いに露出過多な男子がいるおかげで、俺のチームメイトの女子たちもかなり気にしているようだ。
國上はチラッチラッと偶然を装ったり振り返る過程で見たりとガン見はしないがなりげなく見ているし、哀川先輩は絶対に見ないようにしている頑なな態度が逆に気にしている心境を表している。
というか彼らだけの話じゃない。
今や試験場にいる男子たちの半分くらいは、どこかしら脱がされている。
俺はあの「脱がし」というのを甘く見ていたのかもしれない。
俺が遭遇した西方だけではなく、意外とそういう方面で騎士狩りを楽しんでいる魔女も、もしかしたら結構多いんじゃないだろうか。
だって騎士志望の数は、多い。
一人二人がそういうヘンタイ的な趣味嗜好で欲望丸出しの悪逆行為をしたところで、さすがにここまでの惨状にはならないだろう。
根本を言うなら、手が足りないはずだ。
――晒し者になっている男子たち。
――ニヤニヤしながら、あるいは興味なさそうなフリしてチラ見したりしながら、または好みの男を見つけたのか興味津々でガン見している、卑猥な視線を向ける女子たち。
この状態を目の当たりにし、穏やかでいられる男なんているだろうか?
俺は無理だ。
絶対に無理だ。
……………ていうか、もう半端に肌を晒すような半裸でいるくらいなら、いっそ自ら脱いでパンイチになった方が恥ずかしくない気がするんだが。
「おっ、と」
心穏やかでいられない光景をざわつく心で見ていると、俺の携帯が鳴った。
メールだ。
すっかり携帯の操作にも慣れてきた俺は、手早く届いたメールを開く。
フフッ、もたついていたあの頃が嘘のようだぜ。俺もいよいよ都会に染まってきたか。
そんなことを考えつつ内容をチェックすると、綾辺先輩からだった。
『今二回戦終わった。そっちどう? まだ生きてるか?』
一回戦、二回戦と、試験場で戦うことなく駆け抜けてクリアした俺たちは、とかく次の試験時間まで時間を持て余していた。
最後の試験は昼休憩を挟んで午後からになるのだが、昼飯を食うにもまだ早いんだよな。
まあそれはともかく。
綾辺先輩たちも、今終わったようだ。
このあとは午後からなので、時間の余裕はある。一旦合流してもいいんじゃないだろうか。
こちらも無事であることと、現在どの辺にいるかを返信し、しばし。
「――おーい」
綾辺先輩と、同じチームである三動王と3年生の三人がやってきた。
……っておい。
「なななななななんなのよその格好は!」
哀川先輩が爆発した。
だって綾辺先輩がほぼ上半身裸だったから。
脱がされてるよこの人……
「……」
「……」
しかもチームメイトにちょっと微妙に距離取られてるよ……他人のふりされかけてるよ……
「お、なんだよ。おまえ脱がされてないのかよ」
「ええまあ、幸いなことに」
しかも(服が)無事な俺を見てがっかりされたよ。
「先輩、そのまとっている布をどうにかしてください」
「あ?」
「あ?」じゃねえよ。
その上半身を無様に隠すだけになった制服の残骸をどうにかしろと言っているんだ。
「そこまでいったら隠す方が恥ずかしいでしょう。いっそ脱いだ方がいいです」
「えー? でも乳首とか巧妙に隠せてるし……」
巧妙ってなんだ。無用なテク使いやがって。
問題はもうそこだけの話じゃないだろ。
「見えそうで見えないところとかいいと思わない?」
知るか。
「ちょっと動いたらチラッと見えるところとか、女子のミニスカに通じるものがあると思わない?」
知るか!
チームメイトが若干距離取る理由がわかったわ! 綾辺先輩これ確実に脱がされたことネタにしてるだけだろ! 連絡してきたのも半裸状態になった自分を見せつけるためだけだろ!
なんてこった。
ヘンタイは魔女だけかと思えば、こっちサイドにもいやがった。
まあ、泣くよりまだマシかもしれない……いや、それの判断も人それぞれか。
…………
俺は「知るか」って思ったけど、哀川先輩がなんか見るからにヤバイことになってる……顔は赤いし、というか顔を背けて震えているし……
まさに恋は人を豹変させるという、いい見本である。
もし俺が、好きな人が露出狂よろしく嬉々としてチラリズム自慢しだしたら、幻滅しそうなもんだがな。




