118.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 6
「あれ? 早かったね」
あれ?
「管理人妹……?」
「久城だよ。久城夏凪」
そう、そいつは『ヴァルプルギスの夜』に、あのホテルで会った管理人さんの妹である。
……今日も飛ばした格好してるなぁ。
どうやら蒼桜花の生徒らしく青いスカートを穿いているが、上は和柄がすごいスカジャンだ。こいつやっぱヤンキーか……
その久城は、ほとんど俺たちと同じタイミングで、同じ第六魔法陣へと戻ってきたようだ。
「魔女で参加してたのか?」
問えば「そう」と軽く頷く。
「さっさと参加証奪って帰ってきたところ。だるいし」
確か魔女も、騎士の参加証を奪うことで、試験場から抜けられるようになっていたはずだ。
もっとも魔女側には、目的地と時間制限で得られるポイントがないので、こっちと同じように考えることはできないが。
それにしても……こいつと出会わなくてよかったな。
ヴァルプルギスならレベル7は確定だ。
もし遭遇していたら、全員で切り抜けるのは難しかったかもしれない。
一人か二人かやられていたか、あるいは全滅していた可能性も低くないだろう。
「あんたは? ……あ、例の手紙か。大変だね」
そうだったな。
こいつもあの夜ホテルにいたんだし、俺が騎士検定に参加している理由も知ってるよな。
ていうかだ。
「こういうの参加するタイプか?」
全然そんな風には見えないのだが。ヤンキーっぽいし。
「タイプじゃないね。見た目通り」
やっぱヤンキーなんだろうか。
本人はそういうつもりはないとか言ってたはずだが。
「付き合いだよ。ほら、あの時会ったじゃん? 式嶋ってやつ。憶えてる?」
ああ、うん。
「あの真面目そうな奴だよな」
「実際クソが付くほど真面目だよ。私、普段の生活態度が悪いから、ちょっとでも心象良くなるように参加しろってさ」
それは、常に監視されているヴァルプルギスとしての心象だろうか。
それとも一生徒としての学校側の心象だろうか。
こいつの場合はどっちも、って可能性がありそうだ。
高レベル魔女も大変そうだ、ってことはわかるんだが、具体的にどれくらい大変かはちょっとわからない。
「知り合い?」
ちょっと話し込んでしまったので、哀川先輩と國上が興味を持ったようだ。これ以上話すなら紹介してからにしろ、みたいな意味合いなのだろう。
「ああ、気にしないで。もう行くし」
久城はさっさと俺たちに背を向けた。
まあ偶然意外なところで会ったというだけなので、強いて話すこともないしな。
「すいません。ちょっと知り合いに会っちゃって」
俺たちの試験は、開始してすぐに終了した。
國上が立てた作戦に沿って、速攻で逃げ切り一番に目的地へと到達、体育館に戻ってきた。
で、何か話す前に、出てきたところでヤンキー久城と出会い、あんな感じになったわけだが。
「さっきの子も言ってた通り、随分早く戻れたね」
哀川先輩の言う通りである。
第六魔法陣には俺たち以外誰もいない。……まあ久城がいてとっとと行っちゃったけど、騎士側では俺たちが一番早かったようだ。
「ま、読みが当たったってことで」
國上はどこか誇らしげだ。
――本当に単純に、脇目も振らずに目的地へとひた走っただけだ。
魔女と遭遇しても、魔女に仕掛けられても、とにかく目的地のみを目指して駆ける。
先頭をコンパスを見ながら誘導する國上、中堅で状況に合わせて抗魔法を使用する俺、後方はもしもの時に魔女としても騎士としても臨機応変に対応できる哀川先輩。
縦に三人並んで、一気に駆け抜ける。
それが國上が立てた作戦だった。
勝算は、俺の中和領域だ。
俺の展開する中和領域はそこそこ強力らしく、そこらの魔女の魔法ならまず届かない。
もちろん「魔法による直接的な攻撃」が届かないだけで、そうとわかれば他にやりようがあるのだが。
生憎俺は初参加で、こういう手段を取ることができるのを、ほとんど知られていない。
だからこそ、そのアドバンテージを最大限に利用した先行逃げ切り策を取った。
実際、何人か魔女には遭遇したんだよな。
でも國上の読み通り、魔法は全部俺の中和領域で処理した。簡単にできた。
――実は、うまくいった作戦よりも、驚いていることがある。
実感としては漠然としていたが、これはどうにも間違いなさそうだ。
麒麟先輩との地獄の特訓は、無駄ではなかったということだ。
感覚が……うまく言えないが、魔女どころか生き物を感知する能力が、かなり敏感になっている。
こういう見通しの良いところでは実感はないが、探ろうとすればそれは顕著に感じられた。
それこそ、今まで感じられた魔女の魔力の流れが、より強く、細かく感じられるというか。視力が良くなったというか、画素数が上がったというか。
麒麟先輩、なんか言ってたよな。
俺をボコボコにして眼下にしながら。
なんだったかな。
確か……
――「我が手我が足は千の武器と思え。打ち据えられる危機を身に刻むことで、危機感知能力を発達させるのが目的だ。元々下地ができている貴様だからこそこの方法を選ぶのだ。解ったか? 解ったら立て。続けるぞ」……とか言っていた気がする。
危機感知能力。
色々なものを感じられる人間の器官というのは、あるいは全てがこれに繋がっているのかもしれない。
火に近づけば熱いとか氷に触れれば冷たいとか、行き過ぎれば人体に害が出る。人の器官は「害があるかないか」で大きく二分できるのだ。
その感覚を磨けば、なるほど確かに「害があるかもしれない」ものを敏感に察知できるようになるのかもしれない。
思い出すだけで吐き気がこみ上げてくるスパルタ特訓だったが、やはり無駄ではなかった。
だって、隠れている魔女とか、魔力の流れでどんな魔法を使うかとか、丸わかりだったしな。ついでに言えば後ろで細々対応していた哀川先輩の動向もわかったしな。
……まあ、とにかくだ。
これで5ポイント獲得したわけで、あと2回の試験で20点以上になるようにしなければならない。
続く、二回目の試験。
「またかよ」
「まただね」
「またか」
参加証のガイダンスに従い、俺たちは第六魔法陣より、見覚えのある樹海へと降りていた。
ああ、そりゃそうだ。
見覚えのある樹海だよな。
さっきもここに来たからな!
試験場は本当にランダムで決定しているようで、こういう同じ試験場で二連続、というのも結構あるらしい。
毎回1チームくらいは、三回とも同じ試験場だった、というラッキーなのかアンラッキーなのかよくわからないケースもあるんだとか。
「どうします?」
國上が哀川先輩に問うと、先輩は首を傾げた。
「さっき見た限り、やっぱりここで戦うのは賛成しかねるかな」
そうだな。
ここで魔女と立ち回るのは、俺も避けたい。
視界が悪い、隠れるところも多い、というのも問題だが。
一番の問題は、目に見える全ての物が、魔女にとっては武器になることだ。
危険すぎるからやらないのか、それとも気づいていないのかはわからない。案外やっている魔女もすでにいるのかもしれないが。
ただ、ここは本気で戦うとなれば、あまりにもこちらが不利である。
それはさっき森の中で仕掛けられた時に強く思った。
強めの空気弾の一発でも、曖昧に狙って撃てばいい。
それが木々に当たって粉砕すれば、砕けた木が散弾のようになってこっちに飛んでくる。
魔法はどうにでもできるが、こういう物理的なものには抗魔法は効かないので、避けるしかない。
このチームには哀川先輩がいるから、魔法による防御はある程度できるかもしれないが、四方八方から無尽蔵にやられれば下手に動けなくなる。そうなればいずれやられるだろう。
ポイントがほしい。
ここを逃せば、次の試験場で魔女5人から参加証を奪わないといけなくなる。
だが……ここで戦うのは、やはり危険だ。
「國上、さっきの策をもう一度って大丈夫か?」
「まだ大丈夫だと思うよ」
こういう先行逃げ切りチームがいると知られれば、魔女側だってそれ相応の準備もできるのだ。すでに一回やっているから、少しは噂になっているかもしれない。
やるとすれば、そしてできるとすれば、あと一回か二回くらいだろう。
「それで行こうか」
哀川先輩は、樹海を睨みながら言った。
「想像以上に視界が悪いから、私の対応が少し遅れるんだ。抗魔法なら貴椿くんくらいしかまともに反応できないと思う」
目視からの対応なら、確かにここでは不利だろう。
今の俺は見えなくてもわかるし。
「じゃあさっきと同じで行きましょう」
二回目の試験も、無事駆け抜けることができた。
ただ、やはり問題なのは、ポイントだ。
次の試験場、せめて樹海以外であることを祈るばかりだ。




