117.貴椿千歳、はじめての検定試験に挑む 5
先に試験場へ降り立った哀川先輩と國上と合流する。
ここは……どこだ?
目の前には、密集する緑。
青々と茂る山林が、地面に沿ってなだらかに隆起している。見渡す限りそれが続いていて、どこぞの山奥という感じである。
そして俺たち九王院F班と、この試験場で同じように試験を受けるのだろう他校の騎士志望たちは、地面……というか、地に埋まった巨大な岩の上にいた。
あの体育館の転送先の魔法陣を、この岩に描いているようだ。ここだけは植物がないので、都合が良かったのだろう。
ここは深い深い森のど真ん中のようだ。
いや、森というよりは樹海と言うべきなんだろうか。緑色は遠くに見える山まで続いている。
後方も、だいたい木々があるだけで人里は見えない。
空は、青い。
俺たちが済む九王町は、今日は雨が降り出しそうな曇りだった。
ここは現実にある場所なのか。
それとも試験用に魔法で用意した場所なのだろうか。
「え? もう会ったの?」
あと10分ほどで始まるので、参加者も続々とやってくる。
俺たちは邪魔にならないよう岩の隅に移動し。
話のネタにと、ついさっきあった一件について、哀川先輩に話した。
「しかも西方か……面倒なのに目をつけられたね」
どうやら知っているようだ。
「もしかして有名人ですか?」
触った感じ、高レベル魔女って感じではなかったが。たぶんレベル5くらいだ。
「有名も有名、もちろん悪評ね。『脱がしの西方』って言ってね、試験や参加証そっちのけで気に入った男の服を剥ぎ取っていくってやつ。もうヘンタイだよね」
やっぱりヘンタイがいやがった! ……え!? もしかしてあの三人ともが、そういう思考をお持ちのチームなんでしょうか!?
「ああ、脱がしの一人なんですね」
西方の名前は知らないが、その不吉極まりない「脱がし」というワードは國上も知っているらしい。
……そう言えば、アイドルなんかの握手会で、アイドルの手を握ったままなかなか離さないファンを無理やり引き剥がす「はがし」なる職業があると聞いたことがある。
なんとなく思い出したのは、それが騎士検定試験に公然とのさばる事例だってことだ。
つまりもう慣例化されているというか、普通にある出来事になっているわけだ。
二人の言い方だと、たぶん規制もされてないんだろうしな。
「たまたま」魔法が当たって「偶然」服が脱げてしまった、みたいな白々しい言い訳が、通ってしまうのかもしれない。
何せ、魔法を食らわないように立ち回るのが、試験の核を担っているに等しい。
実戦形式でやっていて、かつ将来的にこういう実戦を生業にするのであれば、負けたら服を脱がされる程度では済まないかもしれない。
賞賛する気も推奨する気もさらさらないが、「絶対に負けられない」というプレッシャーと緊張感に繋がるなら、案外マイナス面だけの要素ではないのかもしれない。
「なんかかわいそうよね」
服を剥ぎ取られる男が?
かわいそうなんて軽い言葉で括れるものか!
公衆の面前で服脱がされるとか、一生もののトラウマじゃないか!
「こんな時代だし、早めに覚醒した魔女なんて、同世代の男子と話したことがないって子も多いのよね。はっきり言って、男とどう接していいかわからないみたい。魔女としてのプライドがあるから同じ目線には立てない、でも男とは関わりたい、だから一方的すぎる歪んだ好意を向ける」
男じゃなくて魔女の方かよ!
つかあの威圧が好意なのかよ!
服脱がして好意とかどういうことだよ!
そんなのやったらどんなに寛大な人でも怒るわ! すげー可愛がってた使い魔でも愛想尽かして出て行くレベルだわ!
「まったく。高校生にもなって何やってんだか。心のままに素直に接すればいいのに」
…………
さっきから哀川先輩は他人事のようにブツブツ文句を言っているけど、この人は自分もそれができてないってことに気づいて……
気づいてるわけないか。
俺は言いたいことを言えないまま我慢して、隣の國上もなんか微妙な顔をしていた。
知らないのは本人のみか。
先輩、あなたも充分、素直になれない女性の一人です。
「で、ちょっと考えたんですけど」
とりあえず言いたいことを飲み込んで、國上は違う話題を振った。
違う話題というか、これからのことだが。
「この試験場は、すごくやりづらいです」
そうだな。それは同感だ。
ここまで人の手の入っていなさそうな樹海である。一定方向に歩くだけでも難しい気がする。
そして、そこにゲリラよろしく俺たちを襲ってくる魔女まで紛れ込むとなると、移動するだけでも大変だ。
魔女は『浮遊』や『瞬間移動』、または他の魔法で、地形的に越えられない場所や、それこそ俺たちが行けない上空からの探索や強襲ができる。
ここまで視界が悪い環境だと、どう考えても不利だと思う。
「なので、ここは危険を冒してまでポイントを狙わず、駆け抜ける作戦を提案したいんですが」
駆け抜ける?
「というと、脇目も振らず目的地を目指すってことか?」
「そう」
我が意を得たりと、國上は笑う。
「普通ならまずできないんだけどね。検定の魔女のセオリーは、まず嗅覚や聴覚に優れた召喚獣を呼び出して探索を始めるから、近づけば近づくほど見つかる可能性は高くなる」
そして当然のように、目的地と定められる場所は、魔女の開始地点に非常に近いらしい。
実戦形式に近くしてあるだけに、全スルーで目的地に到着させないようにしてあるのかもしれない。
「何も考えずにただ突っ走れば、それこそ集中砲火を食らってすぐ終わると思う。けど――」
國上は俺を見た。
「今回は貴椿くんがいる」
はあ、俺が。
……え? 俺が何?
「ああ……貴椿くんのことを誰も知らない今なら、それができるのか」
え?
「それって?」
意味がわからない。ちゃんと説明してくれ。
時間が近くなると、とある場所に光の柱が立ち上る。ここが樹海のど真ん中として、あの光の柱も樹海のど真ん中って感じだ。
あれが、俺たちが目指す目的地になる。
距離はどれくらいなんだろう?
3キロ4キロくらいか? 想像してたよりは近いかな。
制限時間が1時間なので、こんな歩きづらそうな試験場では、そんなに遠くには設定できないのかもしれない。
参加証はここでも仕事をするようで、水平にするとコンパスのような映像が浮かび、長い針が目的地を指し示す。
たとえ迷っても、というか迷う前提のようなこの試験場に置いて、方向確認は必須である。
中に入れば視界が悪いだけに、これがなかったらいちいち木に登るなりなんなりして、光の柱の方向を確かめなければならないところだ。
「じゃあ、打ち合わせ通りでいいですか?」
「いいと思う」
「俺もいい」
経験者二人が太鼓判を押すのだから、たぶんこれで大丈夫なんだろう。
「――時間になりました。スタートです」
参加証から開始を告げる合図が出て、二十名ほどの騎士志望者たちが思い思いに駆け出した。
「じゃ、ぼちぼち行きましょうか」




