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Witch World  作者: 南野海風
111/170

110.魔女の穏やかな日々 十四






 今日も学校が終わり、軽く買い物を済ませて寮に戻った。


 家族から離れ、一人暮らしを初めて三ヶ月。

 いくら学校の寮で住んでいるのはみんな高校生と言っても、一人部屋で朝夕自炊なので、やはり一人暮らしって感覚が強い。この九王荘2号も元は普通のマンションみたいだし。


 最初は戸惑うことも多かったし寂しく思うこともあったし色々家事とか面倒だったが、なんだかんだで慣れてきたように思う。

 今ではこの小さなプライベート空間が、完全に自分の居場所になっている。


「今日は餃子とチャーハン~ふふふー♪」


 何も考えてない適当な歌を歌いながら、買ってきた物を冷蔵庫に詰める。


 実は先日、寮生だけで餃子パーティーなる食事会的なものが開かれたのだ。

 材料費を募って全部手作りでひたすら焼いて、飲み物は当然のようにビールに近い『魔女水ウィッチウォーター』で流し込むように食う、という、まあ男子にはちょっと見せられないあけっぴろげなパーティーになった。

 酔っ払って脱ぎ出す先輩もいれば、酔い潰れて雑魚寝するのなんてデフォだし、キス魔になる同級生もいたり、チチを揉み歩いてはランク付けするという失礼な引率枠参加の管理人の本性を見たりと、楽しいは楽しいけど……うん、まあ、やっぱり男には絶対見せられないカオスなものだった。


 その時に余った餃子を貰ったのだ。

 なまものなので早く片付けなければならない。


 あとスープとか付けばいいよな……味噌汁でいいか?


 冷蔵庫の中身を見ながら考えていると、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。


「ん?」


 珍しい現象である。

 何せここは寮で、パーティーがあったりなかったりで、今や全員知り合いってレベルになっている。全員と携帯番号やメルアドを交換しているし、行く前に携帯やメールで連絡を取ったりするのが基本だ。

 直で来ることなんてまずないのだが。


「どちらさまー?」


 冷蔵庫を閉めつつすぐそこのドアへ向かう。


「橘さんいる?」


 まあ、橘さんの部屋だからね。返事した時点でいるよね。

 聞き覚えのない女性の声だ。一応覗き穴で確認する。


「……?」


 誰だ?

 うちの制服を着た、なんだか眠そうな目をした女子……たぶん先輩が、見えないくせに覗き穴を向こうから覗いていた。


 でも、見覚えがない。

 この寮の女子ではない。


「誰ですか?」

「初めましてー。九王院2年生、樹といいますー」


 いつき、先輩。やっぱり知らない。


「福音寺先輩に相談に乗ってやってくれって言われてきたんだけど。『幻覚』の魔法について悩んでるんでしょー?」


 お、知ってる名前出たな。

 そうか、福音寺先輩……先日の基礎魔女学の授業の時に相談したっけ。


「あなたの答えになるかはわからないけどねー。でも私はあなたのような素質を持った人を探してたんだよー」


 ……?

 相談に乗りに来たんじゃなくて、樹先輩が用事があるの?


 まあ福音寺先輩の知り合いならいいか。

 とりあえず開けよう。


「あれ?」


 どうやら小さすぎて覗き穴では見えなかったようだ。

 ドアを開けてみると、樹先輩の隣に、九王院うちの初等部の女の子が立っていた。


 たぶん三年生か四年生くらいで、長い黒髪がとてつもなく美しい。

 これはヤバイな……あと五年経てばとかそういうレベルじゃない、すでに美人だ。そしてこの子はこのまますっと、なんの苦労もなく、美人の人生を歩むのだろう。


「こんにちは。突然訪ねてきてすみません」


 しかもなんか利発そうだ!


「まあとりあえず立ち話もなんだから」

「え? あ、ちょっとちょっと」

「おじゃましまーす」


 樹先輩は眠そうな顔をして、私をぐいぐい押し込んで部屋に踏み込んだ。





「ほほう、いい趣味……」


 コルクボードに貼ってある『黒猫くん』を見て、樹先輩はニヤニヤ笑っている。

 そんな先輩とは対照的に、小学生はテーブルの前に正座して行儀よく……というか育ちの良さが半端なく溢れている感じだ。


 私がお茶を淹れている間に、侵入者たちは簡単な自己紹介をする。


 いつきかなえ

 高等部2年生で、園芸研究部というクラブに入っているそうだ。

 魔法を吹き込んだ草花について研究し、品種改良や新種開発に携わっているらしい。


「魔法を使った草木って、ちょっと違うけど、魔道具に近い存在なんだー。だからこれから発展するジャンルになるねー」


 樹先輩は、その「魔法を使った草木」の有名所として、蒼桜花学園の「青い桜」を例に出した。


 桜はピンク色の花びらである。

 話だけ聞くと違和感がありそうなものだが、しかし実際見てみるとすごく綺麗らしい。

 まあ、夜桜とかもあるしね。意外と違和感はないのかもしれない。

 せっかくだし、九王院を卒業する前に、一度くらいは見てみたいものだ。


 ――美人小学生は、仁士雅にしみやび千夜ちよと名乗った。

 初等部4年生で、魔女としてちょっとレベルが高いらしい。

 この子も樹先輩と同じように草木に関する才能があり、校舎は違うが同じような研究・開発に関わっているそうだ。


「お二人のことはだいたいわかりましたけど……」


 共通しているのは、「草木に関わる才能があるんだね」ってことである。

 ただ、そんな二人が私を訪ねてきた理由がわからない。


 私の魔法の才能は『幻』と、一応『着色』も入るかもしれない。


 ――うん、どう考えても無関係である。


 とりあえず紅茶を淹れたカップを二人の前に置き、私も座った。


「で、私の相談がどうとか言ってましたけど、どういった話になるんでしょう?」

「その前に」


 樹先輩はコルクボードに貼ってあった『黒猫くん』の切り抜きを一枚はがし、テーブルの上に置いた。


「橘さんの魔法を見せてほしい」

「はあ」


 まあいいけど。

 『黒猫くん』の再現は……あれ? そう言えばしたことないな。生き物の再現って、どうにもそっちの発想は沸かなかったんだよな。


 えっと……こんな感じ?


「おっ!」

「わあ!」


 テーブルの上に、写真通りの「テニスに興じるはじける汗に短パン太ももの黒猫くん」を小さな人形クラスで再現してみた。

 写真は平面なので、写っていない部分は想像である。まあそんなに違和感はないと思うけど。


「こ、これはまた……想像以上にクオリティ高いな……」

「そうですか?」


 まあこれで一見さんくらいは騙すこともできるわけだから、結構リアルなのかもしれない。

 でもさあ……なんの役にも立たないんだよね。

 触れられるわけじゃなし、簡単な抗魔法アンチマジック一発で消し飛ぶし、本当に見せかけだけのちゃちな代物だ。


 着色にしたってそうだ。

 それが永続するならまだしも、私の手から離れたら、『幻』も『着色』も2、3分で消えてしまうような安っぽさだ。将来的にはもう少し持続するかもしれないが、なんとなく、どうがんばったって丸一日持つかどうかって感じになりそうだし。


「これなら大丈夫そうだ」

「何がですか?」

「『幻』だから良い、って話だよ」


 樹先輩はポケットから小さな……サイコロのような木片を出すと、『幻の黒猫くん』の中に放り込んだ。


 何してんだこの人?

 ……と、思ったのだが。


 数秒後には、今度は私が驚いていた。





「えっ!? 何それ!?」


 数秒後、樹先輩はおもむろに『幻』に手を伸ばし、それ(・・)を鷲掴みで持ち上げた。


 持ち上げたのは『幻』……ではない。それはテーブルの上にまだある。

 ただ、そう錯覚したのは。


 『幻』と同じ造詣の木製人形を持ち上げたからだ。


「木とか草花とか、ある程度自由に形を変えられるってのが私の才能。大きいのは大雑把になるけど、逆に小さい物なら結構細かくできるんだ」


 いい出来いい出来、と眠そうに笑いながら、コトっと木製人形を『幻の黒猫くん』の隣に置いた。


 す、すげえ……跳ねる髪まで忠実に再現してある……

 木目むき出しで着色されていないから印象は違うが、マジでまったく同じものだと思う。


「えっと……こんな感じですか?」


 その木製人形に、千夜ちゃんの小さな人差し指が触れ――そこから色が広がった。


「うおおおおおおおおっ!」


 すっ、すげえ! 魔女ってすげえ!


 思わず声が出てしまうほど、恐ろしいものだった。

 『幻の黒猫くん』が、瞬く間に人形になった。私のちゃちな「触れられない幻」とは価値も重みも違う、実際そこにある物質へとなった。


「どう? これが橘さんの一つの可能性」

「え?」


 黒猫くん人形に見とれていた私は、樹先輩の言葉を聞き返した。今なんて言った?


「私自身が不器用なのか、それともそういう魔法なのかもしれないけどねー。『木をこねる』っていうのは手本がないと難しいんだー。それも『見て真似る』類じゃ、かなり時間が掛かる。それこそ一刀一刀木を掘って……みたいな微調整をする作業になる。

 でも『魔力の枠が作ってある』なら、この通り。ものの数秒で『複製』できちゃうわけだー」


 魔力の枠……

 私の役に立たない『幻』に、そんなことが……


「私も、お手本となる色付けがされていれば、やりやすいです」


 千夜ちゃんの魔法の才能は今見た通り、私の上位互換みたいな『着色』ができるらしい。他にもできることがあるみたいだけど、今はどうでもいい。


「あとは『着色』の保護コーティング魔法を掛ければ、世界に一つだけのフィギュアの完成だね」


 な、なんだこれ……

 たった数分で、夢が……夢が広がったじゃないか……!





「じゃあこれは私が夜な夜な愛でるとして……」

「待てよ」


 しれっと鞄に黒猫くん人形を納めようとする樹先輩に、私の感動と夢は吹き飛んだ。


 今は、夢より、目の前の現物だ。

 人形なんてあまり興味はなかったが、それがあんなにリアルな『黒猫くん』なら話は別だ。


 部屋に飾っておきたいし、眺めたいし、私も愛でたい。

 毎日のように語りかけたい。

 愛を囁きたい。

 角度を変えて眺めたい。

 意図的なのか偶然なのかイタズラ好きの妖精さんがしでかしたのかでかしたヘソチラをじっくり眺めたい。

 太ももだって眺めたい。

 もはや見詰めたい。

 見詰め合いたい。

 会いたい。


 樹先輩はキッと私を、眠そうに睨んだ。


「先輩だぞ!」


 だからどうした。

 今の私はそんなものには怯まない。


「関係ない。よこせ」


 これだけは譲れない。

 譲ってはならない。


 女子高生として!!





 その後、揉めて揉めて揉めに揉めて。

 結局間に入ってすげー困惑していた千夜ちゃんの「もう一体作ったらいいじゃないですか」の案を採用し、再び揉めることとなった。


 もちろん揉めた理由は、「どの写真の『黒猫くん』を人形にするか」である。





 そして、それぞれ人形を手にした私たちは。

 一切欲しがらなかった千夜ちゃんを見て。


 ……小学生よりも精神年齢が低いことを悟り、とんでもない敗北感を憶えた。


 だが、もちろん、後悔はしていない。


 このくらいで後悔していては、女子高生などやっていられないのだ!











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