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Witch World  作者: 南野海風
108/170

107.貴椿千歳、特訓を始める






「名前は知っているだろう。これが北霧きたきり麒麟きりん、私の兄弟子だ」


 は、はあ……これが……


「……なんだ?」


 彼女はとてつもなく不機嫌そうな顔を、更に不機嫌そうに歪めた。


「……いや……驚いたから」


 まさかこんなのが来るとは思わなかった。


 歳は……だいたい五歳から六歳。それくらいの年齢だから当然背は低いし、とてもじゃないが乱刃より年上とも思えない。やや長めの黒髪ショートはバサバサだ。

 ただ、眼光だけはすさまじい。

 真っ直ぐ射抜くその双眸は、乱刃よりも、防宗峰先輩よりも、強い。


 そして何より――


呪い憑き(・・・・)……だよな?」


 この子……北霧麒麟は、のろわれている。





 二度目のヴァルプルギスの夜が明けた、

 乱刃に弟子入りを申し出た翌日、動きやすいジャージとシャツで、川原までやってきた。

 この辺は魔獣狩りで来たところである。今日はバイトもないので、人気はあまりない。あれから日も経っているので、さぞ魔獣も増えていることだろう。


 午前10時。乱刃と約束した時間と場所である。

 隣の部屋だし一緒に来ればいいのに……と思ったのだが。


 理由はこれである。


 そう、確かに乱刃は言っていた。

 「自分はまだ未熟だから誰かに教えることなどできない」と。

 だからこそ、兄弟子を連れてきたのだろう。


 ただ……


「ほう。ひと目で見抜くか」


 そう、「呪い」は珍しい。

 およそ一般的に知られることなどほとんどない分野だ。


 ――「呪い」。

 そう聞いて多くの者が想像する通り、ブラックなジャンルの魔法となる。

 冷静にカテゴライズすると、特徴は二つ。


 一、持続性が高い。

 二、直接的な面識がなくても掛けられる。


 持続性が高いというのは、一度「呪い」を掛けてしまえば、あとは術者が放っておいても魔法は残り続けるという点からだ。

 基本的に、魔女が意識を失えば発生させていた魔法は消えるくせに、このジャンルのものは消えない。最悪、術者が死んだら永遠に消えない可能性さえある。

 性格の悪い婆ちゃん曰く「長く人を苦しめることだけを考え考案された陰険な魔法」だそうだ。

 確かに、魔法全般は人を傷つける以外の意図があるのに、「呪い」は人間や生物にだけ効果が付属するので、万人に受け入れられる使い道は、極端に少ないだろう。


 そして、直接的な面識がなくても掛けられる、というのは、字面通りの意味でいい。

 会ったことがない人にも「呪い」は掛けられる。

 色々と「相手を知る手段」というものはあるが、この時代ではインターネットという、たった数秒で有名人や著名人の写真を探す手段がある。


 「呪い」というジャンルの魔法が一般に知られていないのも、この二つ目の要素からだ。

 いわば、要人暗殺防止である。

 国のお偉いさんなんかは何かしら対策を取っているだろうが、取っていない有名人も多い……いや、取っていないのが当たり前だろう。だって存在そのものを知らないのだから、対策なんて取りようもない。

 

 それと、「呪い」に特性を持つ魔女が少ないというのも、知られていない理由に含まれるかもしれない。

 あまりにも扱える魔女が少ないのだ。

 確か婆ちゃんもこのジャンルの魔法は使えないって言っていたしな。

 魔力さえ足りていれば発動できるスタンダードマジックとは違い、この分野は八割くらい才能が関わるんだろう。


 なぜ俺がそんな、ほぼ一般的に知られていない「呪い」の存在を知っていて、なおかつ北霧麒麟を見て見抜いたかと言えば。

 前に呪い憑きに会ったことがあるからだ。

 なんか婆ちゃんに呪いを解いてほしいとかなんとかで島に来た、って話だったかな。秘密主義の婆ちゃんなので、簡単に説明された上にそれ以降のことはわからないが。


 呪い憑きには独特の気配がある。

 魔力とはちょっと違う、口では説明しづらいものだ。

 なんというか、風が留まっているというか、澱んだ空気が流れないというか、濁った感じだ。


「わかるのであれば話は早い。我が点拳伝承者候補・死点の拳を学びし北霧麒麟。理由(わけ)あってこの形だが、歴とした17歳。貴様らより一つ上になる」


 理由……か。

 間違いなく「呪い」のことだろうな。


「麒麟さんと呼べ。麒麟ちゃんと呼んだら許さん」


 ……お、おう。目がマジだな。

 そういや、こういう礼儀だのなんだのに厳しいって話じゃなかったっけ? 気を付けようっと。


「麒麟先輩は?」

「……それでもいいぞ」


 あ、いいんだ。


「俺は貴椿千歳です。話は聞いてると思うんですが」

「我らが拳を納めたいという寝言なら聞いておるぞ。身の程知らずめ」


 なんか子供に言われてると思うと……なんか微妙な気分になるな。

 婆ちゃんとは物心ついた頃からの付き合いだから慣れたもんだが、別に小さい子に威圧的に出られて何も感じないってことはないようだ。


「期限が来週末と聞いたが、相違ないか?」

「あ、はい。来週末までにです」

「貴様は我らが拳を舐めているだろう。一週間で身につくはずがあるか」


 ……ちょ、ちょっと誤解がある気がするぞ。


「乱刃、ちゃんと説明したか?」

「ん? 麒麟の話に間違いがあったか?」


 間違い自体は、ない。

 ただ、言葉が足りないせいで、俺が「はあ? 点拳? そんなの一週間あったら余裕だし? 余裕で極められっし?」くらい舐めたこと言った奴、みたいな解釈されてやしないだろうか?


「あのですね――」


 俺は麒麟先輩に、なぜ一週間の区切りがあるのかを説明した。

 来週末に騎士検定試験があること。

 それまでに少しでも鍛えておきたいこと。

 特に、点拳……乱刃が持つ鋭敏な感覚が身につかないか、という希望があること。


「一週間では無理だ」


 そんな説明を、麒麟先輩は一蹴した。


「突きや蹴りの型ならともかく、貴様が求めるものは点拳のこつだ。我らはそれこそ幾年も掛けて身に付け、磨いてきた。付け焼刃さえ侭なると思うな」


 ……まあ、そうだよな。

 長年の積み重ねがあるからこそ、乱刃も強いんだ。

 そんな急にパッとできるわけないよな。


「麒麟。それが少し事情が違うのだ」

「何だと?」

「素体の完成度がかなり高い。素質のない者の言葉ならおまえに取り次ぐことなどしない、千歳だから取り次いだ」


 素体?


「勘が良い。視力も良い。とっさの判断力もある。身体は出会った頃に比べると少々なまっているが、それでもその辺の男よりは鍛えられている。そして広範囲の魔力を感知できる」


 そういや、島では島中走り回ってたからなぁ……きっと身体はなまってるだろうな。こっちに来てからは体育くらいでしか全力疾走なんてしなくなったっけ。

 都会暮らしの弊害ってやつだな。


「よかろう。戒がそこまで言うなら、まず見極めようか。……だがその前に確認しておきたいことがある」


 ん?






「――教える代わりに食事を準備するという約束、たがうなよ?」


 …………


 おまえらなんで基本的に飢えてるの? 点拳伝承者候補ってみんなそうなの?










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