106.貴椿千歳、二度目のヴァルプルギスの夜に臨む
「――ということになりました」
今日は学校が休みである。
二日前に集まったあの豪華な部屋には、時間の融通が利いたのか、約束の時間には全員揃っていた。
早速俺は、婆ちゃんと話した内容を手短に説明する。
防宗峰先輩の手紙と、刻道の婚約話は、真実であったこと。
案の定、後始末は任されたこと。
「あとは好きにしろ」は結局そういう意味になるから。
その上で、俺は防宗峰先輩と刻道への対応を考えた。
防宗峰先輩には、手紙の内容通り、騎士検定試験へ参加するという形で。
刻道には、ついさっき話し合って婚約は一旦破棄させてもらった。
……俺の嫁探しのことは、秘密だ。
この件の根本にある問題かもしれないが、直接関わりがないプライベートすぎることなので、話す必要はないだろう。
「それで……防宗峰先輩、手紙の処分をお願いしたいんですが……」
あとは、あの失礼極まる手紙の存在のみだ。
あれさえなくなれば、この揉め事は全部収まる……ひとまずは。
婆ちゃんのことだから、また何かやらかすだろうけどな!
案外もうやらかしてたりするかもしれないけどな!
「……」
足を組んでソファに座っている防宗峰先輩は、縦ロールを弄びながら俺を見ている。
「お嬢様」
何か答えろ、という意味で傍に控える猫耳・早良先輩が声を掛ける――と、
「手紙は処分しない」
防宗峰先輩は立ち上がり、そう宣言した。
「というより、できない。あの手紙は白滝高校騎士道部にケンカを売っている。私だけの一存で処分することはできないわ。
わかっているでしょう? だからあなたは試験の参加を決意した」
……やっぱそうなるか。
「勝てるかどうかはわかりませんけど、俺が勝ったら処分してもらえますか?」
「当然ね。買ったケンカに負けたからってごねたりしない」
うーん……だいぶ厳しそうだが……でも、やるしかないか。
「ちなみに一応念の為に聞いておきたいんですが……防宗峰先輩は、俺と婚約する気は……?」
「その気はないけれど。でもしてもいいとは思っている」
えっ!?
驚く俺。
そして無関係に近い何人かの魔女の目がギラリと光った。
「ねえ睡蓮、あの男どう?」
「嫌いではありませんよ。誠実そうですし」
「防宗峰の婿としては?」
「足りませんね。でもまだ高校一年生、その気になればどうとでもなるでしょう」
「――というわけ」
どういうわけだよ……
「これもわかっていると思うけれど、手紙は私だけに宛てられたものじゃないわ。私以外の誰かが婚約に乗り気になる可能性もある。そうよね、睡蓮?」
「私と結婚しますか? 私は構いませんが」
……そうなんだよなぁ。
「防宗峰先輩の一存で手紙を処分できない」ってことは、防宗峰先輩一人だけが関わっているわけじゃない、ってことだもんな。
具体的に言えば、白滝の騎士道部全員に関係している。
……気が重い。
「これで一応の決着はつきましたね」
頃合を見計らって、生徒会長が言った。
「あとは防宗峰さんの高校と、貴椿君の問題です。我々が介入する余地はありません」
そうだな……一応そうなるな。
本当に、一応。
この先波乱が待っているとしか思えないが、今この時点では、一応決着がついたことになる。
「話は終わりか? なら何か頼んでいいか?」
そして乱刃はぶれないな。あいつ絶対夕飯食いに来ただけだろ。
とりあえず、これで諸々の決着は、本当に一応ついたことになる。
俺が預かり知らないところでいろんなことが起こっていて、すごく驚いた。
たぶん、これからも驚くはめになりそうだが……
とにかく今は、目の前の騎士検定に集中せねば。
今日は滞りなく集会も終わり、俺と乱刃とアルルフェル(ねこ)は、送迎の車に乗り込む。
――あまり関係ないが、今日は刻道との話し合いがあったから、来る時は別々だったりした。
「乱刃」
「なんだ? ふふっ、言ってみるものだろう?」
うわ、嬉しそうだなおい。
嬉しそうな乱刃の膝の上には、白い箱が乗っている。中身はケーキだ。「テイクアウトとかできないのか?」と図々しく聞いてみた結果である。
まあ、学園長の財布は、この程度なんでもないだろうけど。
――ちなみに俺の膝の上には猫がいる。自由である。
「千歳にもやるから安心しろ」
ケーキの話じゃねえよ。……帰ったら管理人さん呼んで一緒に食おうとは思ってるけど。
「この前話したこと、覚えているか?」
「何の話だ? 肉の話か?」
肉の話好きだなぁ……
「あ、カレーライスの話だな? 実はまだ武士の持ち主を聞いていなくてな」
そんな話もあったなぁ……あと武士じゃねえ。鰹節だ。
だが、食い物の話じゃない。
「『点拳』を教えてくれ、って話だよ」
「……ああ、あれか」
さすがに話題が話題なため、乱刃のゆるかった表情がクッと引き締まる。
「事情は聞いての通りだ。少しでも勝率を上げるために、鍛えたい」
勝たなければ揉める。確実に。
全て穏便に済ませるためには、やはり勝つのが一番手っ取り早い。
「気持ちはわかった。事情も聞いている。――よし、私が一肌脱いでやろう」
お、話が早いな。
「だが、覚悟はしておけ。かなりきついからな」
きついのか……まあそうだろうな。
乱刃の身体能力を見ていれば、生半可な鍛え方をしていないのは容易に想像できる。
「せいぜいがんばるよ」
――そして俺は、二人目の点拳伝承者候補と会うことになる。




