103.貴椿千歳、生徒会長に会いに行く予定を立てる
「まるで嵐のような時間だったね」
猫が漏らしたそれは、突如現れ止める間もなく帰った小さな化物に相応しい言葉である。
……やれやれ。
たとえこの場に呼んで問い詰めても、まともな話が聞けるとは思えなかったが。
まさか本当にここまでまともな話にならないとは思わなかった。
文句言ったら説教されたし。逆に。
収穫は、事実確認ができたことくらい、か。
確かめてみれば、白滝高校への手紙も、刻道との婚約話も、どっちも本当だったわけだ。
俺にとってはあまり嬉しくない結果でしかないが。
何かの間違いだとか、何かの手違いだとか、誤解だとか、婆ちゃんの預かり知らないことだったりしてくれた方が、俺としては気が楽だったのにな……
蓋を開けてみたら全部本当だったとか、もう笑えやしない。
「まあ、蒼さんが言うのも一理ある」
おい火周。
「慣れない生活で忙しかったんだよ! 嫁なんて探してる暇も余裕もなかったよ!」
「いや、嫁の話じゃなくて。……興味深くはあるけど」
興味を抱くな!
くそ……こんな形で俺が上京した目的がバレるとは思わなかった……
「いくら婚約者だなんだと言っても、結局最後は当人同士の気持ちじゃない。政略結婚ならまだしも、そうじゃないなら自由恋愛くらい許されるでしょ。現に蒼さんも、嫌なら断れって言っていたわけだし」
……確かに、そこは救いがあるだろうか。
いくら婆ちゃんでも、さすがに「自分が選んだ相手と結婚させる」とまでは言わなかった。
条件は厳しかったものの約束通り島から出ることを許可したし、こっちに移ってからはほとんど干渉してこなかった。
結局、俺次第ってことだ。
婆ちゃんがお節介を始めたみたいだが、それでも俺の意思を尊重していることは、ちゃんと理解できた。
ただ。
ただ……問題がないわけでもない、よな?
「刻道、本気だっただろ?」
婚約だのなんだのは俺だけの問題じゃない。
俺の意思だけが反映されるほど、単純な話でもないはずだ。
俺が嫌だと言っても、刻道が承諾するとは限らない。
逆に俺がこれから刻道を気に入っても、今度は刻道が俺を気に入らないってパターンもあるだろう。
……そもそも俺は、刻道のことが嫌いじゃない……
というより、まだ好きとか嫌いとかで考えられるほど、あいつのこと知らないし。
「考える必要はなかろう」
どうにも気が重い俺には、乱刃のいつも通りの口調がどこか嬉しかった。たぶん今、ついさっきまで俺の生活になかった巨大な悩みを抱えているからだろう。
いつもの日常にいるかのようで、どこかほっとする。
「刻道のことは刻道にしかわからん。あいつのことを考えたいなら、まずあいつと話をしてからだろう。何も知らないものを考えたところで進展はないぞ」
極端に言えばそうだろうな。
……そうだな。
事実確認だけは済んだ、これで心おきなく……って言い方もおかしいが、刻道とちゃんと話ができる土台には立てたはずだ。
よし、刻道のことを考えるのはやめる。
とりあえず二日後の集会に向けて、心の準備をしておこう。
それで、あとは、手紙……というか、騎士検定の参加か。
防宗峰先輩は「悪いと思うなら参加しろ」と言っていたし、こっちの結論も二日後までに出しておかないとまずいだろうなぁ……
――こうして、ヴァルプルギスの夜は更けていく。
俺の胸に沢山の釘を打ち込んで。
そして翌日。
何事もなかったかのように陽は登り、今日も一日が始まる。
何事もなかったかのように朝食を取り、飢えた乱刃が朝飯を食いに来て。
昨夜のことには一切触れず、淡々と話をして。
最近面倒臭い乱刃の話を聞き流しつつ、学校へ向かう。
まるで昨日のことが嘘のように、いつもの日常で。
ただの悪夢だったんじゃないかと思いたいくらい何もなくて。
でも、やっぱり昨日のことは、ちゃんとあった出来事で。
「千歳」
校門をくぐったところで、乱刃は言った。
「生徒会長に会いに行かないか?」
生徒会長。
昨日の夜に出会った、あの夜空を連想させる不思議な先輩のこと。
「きっとおまえが蒼さんと何を話したのか気にしているぞ。それにおまえの意思と今後のことを伝えておけば、便宜を計ってもくれるはずだ」
そう、か……そうかもなぁ。
やっぱり夢じゃないんだよなぁ。
あまりにもいつもの朝だったので少々現実逃避していたようだ。
できるだけ考えないようにしていた。
が、やはり昨夜のことには、向き合わねばならないか。
「火周が報告しそうなもんだけどな」
「あいつは信用できん。おまえは違うかもしれんが、私は信用していない」
頑なだな。乱刃にしては珍しい気もするが。
「千歳がどうして火周を後ろ盾に選んだのかはしらないが、私が選んだのはあいつになら多少迷惑をかけてもいいと思ったからだぞ」
おい。
「火周はおまえが言うほど信用できない奴じゃないぞ」
何せ北乃宮の姉で、普段のあやしい感じは演出だと知っているしな。
……でもまあ、傍目に見たらやっぱり、異常なくらい不気味なんだろうとは思うが。本性を知っている俺でさえ不気味に見えるし。
でも、初対面の時以外は、火周に問題行動はなかったはずだ。昨日だって見た目の不気味さとは裏腹に、ちゃんと後ろ盾として機能していたし。
しかし俺のフォローも虚しく、乱刃は「あいつはダメだ」と首を振る。
「火周の力の流れには、度々揺らぎが見える。あれは言動の半分以上が嘘だぞ」
…………
言動の半分以上が嘘って、そりゃそうだろうよ。
火周は北乃宮のために、あの不気味な魔女スタイルをやっているのだから。
むしろ乱刃の言葉は、火周が本心を偽っていることを証明しているにすぎない。
これほど噛み合わないってのも、ある意味すごいな。
……ちょっと火周に言っておこうかな。
乱刃にも本当のこと話せばどうだ、って。こいつは鋭すぎるからこそダメって感じになっている。
「生徒会長か……会いに行ってもいいかもな」
別段不都合があるわけじゃないし、個人的に言いたいこともあるし。
「そうか。では行こう。いつ行く?」
「乱刃も? 生徒会長に用事が?」
「うむ」
乱刃はふぁさぁ……と、特に理由もなく後ろ髪を払った。
「――真のトリートメントの力を確かめに行くのだ!」
……最近こいつ本当に面倒臭いなぁ。




