102.貴椿千歳、説明を求める
「――というわけで、この人が俺の婆ちゃんだ」
殴られた顔が痛いままお茶を淹れて出し、改めて俺より小さな女の子を祖母として紹介する。
「色々言われる前に言っておくが、これは魔力の可視化とほとんど同じ原理らしい。ただ婆ちゃんの場合、魔力が強すぎるせいか見えるだけじゃなくて肉体にも影響が出てる。
魔力が充実してると若返って、魔力を使いすぎると大人になるんだ」
可視化、というよりは、特異体質と言った方が早いだろう。
そういえば、生徒会の日々野先輩も似たような感じだったな。あの人は冷気が漏れる体質だったみたいだが。
「ちなみに儂が最も強いのは、18から30歳くらいの肉体じゃな。この身ではいまいち魔力の放出量が低い」
島からここまでの超長距離の『瞬間移動』をこなした上で、このセリフである。
魔女の世界を垣間見た今、改めて婆ちゃんのすごさが理解できる。
「……じゃあ、本当に?」
本当にこの子供が俺の祖母なのか、と。
猫は元々丸い目を更に丸くしていた。
「フン」
婆ちゃんは鼻を鳴らすと、子供にしては底意地が悪すぎる笑みを浮かべる。
「なかなか面白い面子じゃのう。『涙色』の使い魔、北乃宮の落ちこぼれ、『点拳』の下っ端か」
え?
「婆ちゃん、この三人知ってるのか?」
「おう、知っとるよ。特に『涙色』は少し関わっておるわ」
……そういえば、だ。
「猫、おまえの主人は誰だったんだ?」
さっきホテルで会ったメンツの誰かが、その『涙色の魔女』と呼ばれる存在だったはずだが。
「生憎、あの場にはいなかったよ。欠席したからね」
あ、そうなのか。いなかったのか。
「うち……いえ、北乃宮とはどういうご関係で?」
さすがに婆ちゃんを前にヘラヘラしてられないのか、火周の表情は固い。やや緊張しているようだ。
「昔、北乃宮の当主とやりあったことがあるぞ?」
「やりあった!?」
「あれは強かった。儂の知っとる騎士では五指に入るわ。じゃがそれ以上にいい男じゃったわい。顔の傷がセクシーでのう……ぐふふふ……」
婆ちゃん……
「孫と孫の友達の前でふしだらな妄想はやめてくれ」
ずっと前から見ている顔だ。
これは、明らかにエロいことを考えている顔だ。
「何を言うか馬鹿者め。儂はまだまだ現役じゃぞ?」
どういう意味の現役だ。……いや聞かないでおこう。答えを聞いたらイラつくだけだ。
「『点拳』のことも知っているのですか?」
乱刃が敬語を……!
「敬意を払う相手は自分で決める」と、先輩だろうがなんだろうがタメ口で通していた乱刃が……!
感性の鋭い乱刃である。
もしかしたら婆ちゃんから色々と危険なものを察知しているのかもしれない。
「おう。ありゃ面白いのう。物理的に魔法を砕くなど、まさに神業よ。是非極めて欲しいものじゃ」
そっか……『点拳』も意外と歴史が長そうだもんな。
婆ちゃんなら知っててもおかしくないか。
「おい猫、『涙色』は健在かえ?」
「あれを健在って言うならね」
「力になれずすまんな。これでもまだ探しておるが、あれは些か厄介じゃ」
「気にしないで。主はまどろみの中、ボクを通して見ているから」
……?
「どういう意味だ?」
「未熟者の小僧には触れて欲しくない話って意味じゃよ」
チッ。相変わらず秘密主義か。
一通り挨拶のような会話が終わり、婆ちゃんはずずーっとお茶を飲んだ。
「さて小僧。何用でこの儂を呼び出した?」
婆ちゃんは、普通に「来て」と言っても来ない。
基本的にひねくれているから。
確実に呼びたいなら、悪口を言えばいい。
基本的に心が狭いから、怒り狂って飛んでくる。
「要件によっては本当に半分殺して治して帰るからな」
そう、この人は壊すも治すも自在なのだ。
つまり地獄でしかない。
何度殺されかけたことか……慣れた自分もなんか嫌だけど。
「白滝高校に手紙出したよな?」
「ああ、出したな。遂に防宗峰の娘が動いたか?」
確信犯か!
「何やってんだよ婆ちゃん!……あ、待て、もう一つ言いたいことがある」
「おうおう、忙しいのう」
くそ、人の苦労も知らず余裕綽々の顔しやがって……
「刻道って名前に聞き覚えあるよな?」
「刻道? ……ああ、あるな」
「その刻道さんとこの、俺の知らない俺の婚約者に会ったんだけど」
「……?」
婆ちゃんは首を傾げた。
「何の話じゃ?」
え?
「……あ、いや待て。そう言えばあの夜、うちの娘がもし魔女になったら蒼さんの孫と……みたいな話をしたな」
どの夜の話だ!? いやそれは聞くべきではない、それより!
「婚約の話ししといてうろ覚えってなんだよ!? 人生左右する重要なことなのに!」
「酒が入っとったからのう」
しかも酔っ払いの口約束かよ!
「おいどうすんだよ!? 向こう本気みたいだったぞ!?」
「何が不満じゃ。刻道の娘なら儂に不服はないぞ」
何が不満か、って?
「当人の俺が聞いてないのが不満だよ! それに勝手に結婚相手決められるのも不満だよ! もはや不満しかねえよ! 勝手に色々やるのやめてくれよ! 婆ちゃんの後始末はみんな迷惑してるんだぞ!」
「やかましい」
パカン、と頭を殴られた。
「人を一方的に悪者のように語りおって……広い視野を持てと教えたじゃろう。おまえの正論は、儂にとっては屁理屈にしか聞こえんわ」
へ、屁理屈!?
「俺まともなこと言ってない!?」
「言い分だけは認めてやる。だがそれだけじゃろうが」
……え?
「おまえ、彼女できたのか?」
その言葉は、鋭く尖っていた。
そして容赦なく俺の胸に突き刺さった。
「おまえは儂の孫じゃ。儂の孫なら、彼女の4、5人くらいは当然おるんじゃろうな?」
なんで複数名なんだよ……普通一人だけだろ……
「千歳、おまえはなぜ島を出た? 嫁を探すため……そう言っておったよな?
それで?
彼女はできたのか?
いや、そもそも島を出てから一度でも嫁を探したことがあったのか?」
……くっ。
「まだ、生活が慣れないから……」
確かに何もしていない。そんな余裕もなかったし。
だが、婆ちゃんは勝ち誇ったように笑う。
「それ見たことかよ。偉そうに一人でやるとほざいておいて、いざ一人になれば己のことだけで精一杯。目的も忘れて日々に追われるだけ……つまりまだ子供ということじゃ。
儂は、儂が良いと思う相手を、嫁一人探せないほど忙しいおまえに紹介してやっておるだけのことよ。嫌なら断れ、素直に親族の決めた許嫁なんぞと結婚する時代でもなかろう。
それに、儂はあくまでも縁を結ぶだけじゃ。あとは育むなり切るなりおまえの好きにすればよいわ」
……何も言い返せない。
でも、本当に生活に慣れなくて余裕がなかったんだよ……島を出てまだ三ヶ月だぞ。いくらなんでも急すぎるって。
だが、何を言っても、今は言い訳にしかならないだろう。
「今度は彼女が7人くらい出来てから呼べ。まったく……女がありあまるこの世界で、何をぐずぐずやっとるんじゃ。揉めば一発じゃろうに……」
婆ちゃんはぶつくさ呟きながら「よっこいしょ」と立ち上がると、
「いい男にはまだまだ遠いのう。経験を積んで精進せい、馬鹿者」
そう言い残し、婆ちゃんは壁のようにそそり立つ平面魔法陣を描き、それをくぐって帰った。




