8. 鑑定
勉強に追われる日々の合間を縫い、寸暇を惜しんで"未来視"について文献も漁った。調べを重ねて分かったのは――賢者エーヴェルトは、私とは違い、その力を自在に制御し、自分の確かめたい未来を能動的に視ていたということだ。
「でも、そのやり方はどこにも書いていないのよね。」
図書館の分室で大きく伸びをすると、空気が揺れ、パチンと乾いた音と共に、見慣れた黒髪の青年が姿を現した。
「隠遁魔法に結界魔法……あなた、まるでスパイか暗殺者のようね。」
「スパイがこんな堂々と未来の皇妃様の前に出てくるか?」
「あら、どうかしら?」
「建国の賢者エーヴェルト以来の便利な力を持っているのに、それを上手く操れずにいるなんて少し気の毒でね。助けてやろうと思ったのに、その言い方はないだろう。」
その言葉で、これまで可能性として疑っていたことが確信に変わった。
「……あなた、神眼の持ち主ね。その能力は――"鑑定"、でしょ?」
「へえ~、もしかしてその"未来視"で何かを視たのか。やっぱり君は面白い。」
真紅の瞳が恍惚として輝き、思わず胸が高鳴る。必死に冷静を装いながら問いかけた。
「もしかして、あなたは"神眼"を自在に扱えるの?」
「そうだね。俺は生まれつき神眼持ちだ。四六時中、知りたくもない情報が流れ込んでくるなんて御免だからね。自分の意思で開閉できるように訓練した。」
そう言ってリアスは神眼の扱い方を教えてくれた。心を閉ざすように意識を遮断すれば"閉じる"。逆に、視たい対象に集中し"開く"。それを繰り返すうちに、自在に操れるようになったのだという。
「まずは閉じる。それから開く。」
私は普段は閉じているから、"閉じる"は問題ない。問題は"開く"だ。誰の未来を視ようか――そうだ、目の前のリアスに集中してみよう。彼の瞳をじっと見つめ、意識を注ぎ込む。
瞬間、ふっと意識が遠のき、気づけば真っ青な宮殿の廊下に立っていた。
リアスが赤髪のきらびやかな女性と対峙している。空気が震え、彼女が呪文を唱えると同時に黒い閃光が奔る。轟音と砂煙。やっと視界が晴れたが、そこにあったはずの彼の姿が見えない。
「きゃあああああ!!」
悲鳴を上げると共に意識が闇に落ちる。目を覚ますと、私はソファの上でリアスの膝を枕に横たわっていた。
「――ちょっと。これ、どういうこと!?」
一気に我に返って、慌てて飛び起きた。婚約者でもない男性に膝枕されるとは。なんとはしたない!
「悲鳴を上げて倒れたと思ったら、起きてすぐそれかよ。」
半ば呆れた声でリアスがぼやいた。
「私は皇子の婚約者なの。だから、気安く触らないで頂戴。」
そうは言い張ったものの、先ほどの光景が脳裏をよぎり、涙が溢れた。
「で、何が視えたんだ?」
私は視たままの未来を端的に伝える。
「つまり、俺が死ぬ瞬間ってわけか。」
「死んだかどうかまでは分からないわ。ただ……消えていたの。」
「黒い閃光、古代文明の魔法の一種か?……赤髪の魔女には心当たりがある。」
リアスは深くため息をついた。
「私の視る未来は絶対じゃない!未来を知って、変えようとすれば変えることができるの!」
「賢者エーヴェルトも未来を変えて戦を制した。――せっかくのお告げだ。有難く活かさせてもらうよ。」
「……うん。」
リアスの言葉に、静かにうなずいた。




