2. シェルストレーム辺境伯領
王都から馬車で西に二日、私たちはエーヴェルトの墓所に近いシェルストレーム辺境伯の別邸に向かう。私は、トヴォー王国には越して来たばかりで、この国はユカライネン伯爵領と王都しか知らない。途中立ち寄った街の人々、建物、食べ物に、一つ一つ心が躍った。
「いちいち、そんな物珍しい顔するな。」
「だって、私にとっては珍しいんですもん。」
この辺の家は、魔獣の襲来を避けるために、結界の中に集落を作っている。建物はレンガ造りで入り口が小さい。万が一の魔獣の襲来に備えているのだろう。民家を一つとっても、集落の人の暮らしが想像できる。
シェルストレーム辺境伯の別邸に着くと、門番の私兵が出迎えてくれた。辺境伯領は魔獣が多く、半自治領として、私兵を置くことが許されている。自分たちの名前を言うと、すぐに辺境伯を呼んできてくれた。
「シェルストレーム辺境伯、お久しぶりです!」
「戦闘狂令嬢久しいな!俺のことは、スヴェンでいい。いきなり魔法研究所のエリアス殿下付き第一補佐官なんて、出世したじゃねえか。ん、その坊主は?」
「――魔法研究所の所属の"神童"リアスです。今日は私の助手として連れてきました。」
そう、リアスのことを紹介すると、小さい赤い眼に睨まれた。
「ふーん。神童ね。」
「こんな小さいのに精霊が呼べるんですよ。制御はまだ難しいようですが。」
リアスの魔力は私より多いが、大部分が封じられている。今の状態では、精霊は呼べても使役は難しいそうだ。
「――それより、坊主なんか厄介な呪いにかけられてねえか?呪いの匂いがする。俺じゃ詳しいこと分からんけど、専門家に診てもらった方がいいぞ。」
「え、呪いって匂いがあるんですか?」
「ははは。俺は大体すべて物事を匂いで見極めている。」
頭に百個くらい疑問符が浮かんだけど、この人にはこの人の感覚があるのだろうと思った。
「父さま!父さまより強い"戦闘狂令嬢"って、この人?」
辺境伯の後ろから、今のリアスと同じくらいの大きさの双子の少年、少女が飛び出した。
「初めまして。エディー・ユカライネンよ。エディーって呼んでね。」
「初めまして、僕トビアス!」
「あたし、モニカ!エディー、魔法教えて!」
「チビたちがすまん。妻の出産が近いから、連れてきたんだ。あとこいつも。」
後ろからさらに、見覚えのある赤髪が顔を出した。リューブラント侯爵令息だ。
「ここで会ったが百年目、戦闘狂令嬢!炎の精霊の出し方を教えろ!」
「おい、シモン!お前は侯爵閣下から挨拶の仕方を習わんかったのか。エディー、シモンはリューブラント侯爵から直々に頼まれて俺が稽古つけてやっているんだ。どうしても精霊を召喚したいそうでな。悪い奴ではないから、仲良くしてやってくれ。」
リューブラント侯爵令息ことシモンの魔力量では、おそらく精霊を呼び出せても、すぐに魔力切れを起こして戦闘不能になってしまう。だから無理に契約しても見世物にしかならないのだけど。ただ私も二体目の精霊を召喚した時は、どのくらい自分が操れるか、分からなかった。そもそも精霊の使い方は戦闘だけではない。頭ごなしに否定するものでもないかと、口をつぐんだ。




