1. 出張
エーヴェルトの墓所への旅行は、"調査"という名目でリアスがほぼ職権乱用で通した、私用の出張だが、調査である以上は、報告書は提出しないといけない。そのため予め、下調べをしている。墓所には盗掘の跡があり、初めに調査が入った時には、ほぼすべての副葬品が失われていたという。今はいくつかの壁画が残されているだけとあった。
「ねえ、リアス。勇者イリスと賢者エーヴェルトって、なんか私たちみたいよね。神眼の能力が、鑑定と未来視なんて。」
イリスとエーヴェルトは、"神の子"と呼ばれる少数民族の出身だった。神の子は最高神に愛された民として、宗教儀式を司る役目を担っていた。"神眼"を持ち、特殊能力を操った。古代文明においてその存在は神格化されていたが、戦乱の世で逆に迫害を受ける立場になった。彼らの集落はもともと、現・ニオ共和国の領地内にあったが、"死の七日間"と呼ばれる災厄と、その後の戦乱でその土地を追われた。そして、最高神が初めてこの世界に降臨したと伝承される聖地・神の森へ、彼らは救いを求めて移動した。イリスとエーヴェルトはその神の森で生まれた、神の子最後の生き残りである。
伝承によればイリスが"鑑定"、エーヴェルトが"未来視"を操った。私は何気なく言っただけなのに、リアスが眉をひそめた。
「建国の英雄を自分たちみたいなんて、さすがに不敬だろ。」
「冗談よ。まあトヴォー王家の権威の根拠だし、この国の英雄だもんね。でもどうして、イリスにまつわる童話や伝説は数え切れないほど残っているのに、同じく建国の祖で、賢者として、軍師として名を馳せたはずのエーヴェルトは、神話のような話しか伝わっていないのかしら。この国に来れば、もっと詳しいことが分かると思っていたのに。墓所が見つかったのも、ごく最近のことだし。」
「ああ、名前が有名な割に、伝承されている話は多くはないな。」
エーヴェルトは謎に包まれている。あえて誰かがその史料を隠したんじゃないかと思うくらいに。
「おかげで全然、未来視の研究が進まないわ。エーヴェルトはその末裔もいないんでしょ?」
「ああ、聞いたことがない。まあ千年以上、昔のことだからな。失われた史実が多いのも仕方ない。ほら、イリスは有名だが、その妃については王家にすらちゃんと伝わっていないんだ。」
「へえ、なんだかそれも不思議な話ね。」
「そんなもんだろう。歴史は権力者が都合よく変えていくからな。そういえば、滞在先はシェルストレーム辺境伯の別邸でいいのか。」
「ええ。辺境伯に連絡したら、ぜひにって。領地の視察も兼ねて、お子さん連れで遊びに来て下さるそうよ。お手合わせを願いたいって!」
「相変わらず血気盛んだな。さすが戦闘狂令嬢、ユングリングの人形が聞いて呆れるわ。」
「あら、失礼ね!一応、祖国では未来の皇妃として評判だったのよ。」
「その婚約者から断罪されかけたくせに。」
「もうちょっと、それは言わない約束でしょう!」
戦闘狂令嬢という通り名は不本意過ぎるが、フィーラで未来の皇妃として、ユングリングの人形と呼ばれた頃よりも、今の生活の方が自分らしく生きていられる気がする。もちろん、マティアス殿下がクソだったというのもあるのだが。




