19. ネズミ
その後は王が呼んだ従者に連れられて、別の部屋に移動する。その間、ずっとリアスは不貞腐れていた。
「三十人は多いぞ。あの狸おやじ、人のこと、こき使いやがって。」
「そういえばその御姿、城の人に見られて大丈夫なんですか?」
「鑑定が終わったら、すぐ忘却魔法かけるから大丈夫。そもそも"神眼"について明るみに出るのはまずいから、こうなる前から全員そうしている。」
「あ、そうなんですね。」
「エリアス殿下、こちらにどうぞ。」
従者に言われて、小さめに広間に入る。窓のない部屋で少し窮屈な印象がある。
「遮断魔法、よし。」
官吏、侍従、侍女、メイドにシェフ……城内で新しく働き始めた多種多様な人たちが一人一人名前を呼ばれて、部屋に入ってくる。それを椅子に座ったリアスが"鑑定"をしていく。貞淑そうなメイドの眼を覗き込んだ時、リアスの表情が変わった。
「――おい、この女を地下牢にぶち込め。」
「わ、私が何をしたっていうんです。」
「よく言うわ。お前、第二王子派のルドバリ伯爵家に雇われた暗殺者だな。」
「私は見習いメイドです。何かの誤解です。お助け下さい……。」
そのままお涙頂戴の芝居を続けるかと思いきや、女の瞳が鋭く光る。
――ザッ!
スカートの裾から、細身のナイフを取り出すと、迷いなくリアスの喉元を狙った。
「フリゲ!――凍れ!」
呼吸する間もなく、私は詠唱を走らせた。瞬く間に冷気が女の足元に絡みつき、足と腕を瞬間凍結させた。金属音と共に、ナイフが床に転がる。
さらに魔法の詠唱ができないように、ピンポイントに狙いを定め、舌先だけを凍らせた。女は声にならない声を上げ、必死に身をよじるが、氷はさらに厚みを増し、逃げ場を与えない。衛兵たちが一斉に取り囲み、凍りついた女を拘束した。少しでも遅れていたら、子どもの姿のリアスでは確実に傷を負っていただろう。背筋に冷たい汗が伝った。
「……ああ、危なかった。」
「ありがとう。さすが、戦闘狂令嬢。」
「一言余計よ!」
氷を砕く音が広間に響く。女は近衛たちに運ばれ、粛々と地下牢へと連れていかれた。その後の"鑑定"はサクサクと進んだ。今日のネズミはその一匹だけだった。
「エリアス殿下、ユカライネン伯爵令嬢。先ほどは我らが取り押さえるべきところ、失礼致しました。お詫びと言ってはなんですが、陛下が夕食をご用意しておいでです。ぜひお召し上がり下さい。」
「は?陛下とは食わないぞ。」
「いえ、ユカライネン伯爵令嬢と二人お食事ができるように、お部屋も用意してあります。」
「あの狸おやじ!また余計なお節介を。」
「私、王城のお食事、興味あります……!」
「では、決まりですね。ユカライネン家には我々で連絡します。」
フィーラ帝国の皇宮でもディナーを頂いたことは何度もあったが、そちらとは趣向が違い、海の幸をふんだんに使った料理が並ぶ。どの皿も色鮮やかで、目にも楽しい。中でも私の目を奪ったのは、薄く切られた生魚に柑橘のソースをまとわせた一皿。生の魚なんて生臭いかと思いきや、爽やかな柑橘の酸味と魚の甘みが舌の上で溶け合い、思わず目を開いた。
「……おいしい!こんな食べ方があるなんて。」
魚は火を通してこそ食べるもの。少なくともフィーラではそうだった。
「それはカルパッチョという料理だ。」
リアスがブドウジュースを傾けながら説明する。体が子どもになっているため、一応酒は控えているらしい。
「トヴォーは王都の北に港を抱えているから、新鮮な魚介類が手に入りやすい。この土地ならではかもな。」
「なるほど。そういえばユカライネン領も内陸なので、こういった料理は初めてでした。」
リアスは満足げに目を細め、静かにうなずいた。目の前に座っているのはどう見ても子どもなのに、まるで恋人と食事をしている気分で思わず顔を赤らめた。
第二幕 トヴォー王国、ここまでです。
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