18. 謁見
「今日は午後陛下のもとへ謁見に行く。付き合え。」
ある午後の昼下がり、突然リアスに言われた。
「え、今からですか?レディーには準備というものがあるんです。」
「研究所の職員としていくんだから、正装用のローブだけ羽織っていけばいい。」
「……むぅ、分かりました。」
仕方ない。不満気に返事をした。言われた通り、普段着のドレスに正装のローブを羽織って王宮に馬車で向かう。私の陛下への謁見は魔法大会ぶりである。今日は舞踏会の時と違って、正門ではなく南門から登城する。こちらは業者や使用人が出入りに使う裏口だ。
「あ、そうだ。俺の姿のことや、魔力が封じられていることはトップシークレット。王城でも知っている人間はごく一部だから気を付けてくれ。」
「なるほど。それで裏口を使うんですね。」
「あの赤髪の女、顔や瞳はよく見えなかったが、おそらく第二王子の愛妾だ。以前一緒にいるところを見たことがある。陛下に頼まれて王城の人間は全員"鑑定"しているが、愛妾のように城の外で生活している人間のことまで調べることができない。」
「むしろ使用人の全てを"鑑定"なさっているんですか?!私そんな長く神眼を使うと、気絶します。」
「お前の"未来視"はまだ安定していない。ただ、とても魅力的な力だ。本来、神眼には国家報告義務があるが、しばらくこのことは黙っていよう。いいか?」
「ええ。分かりました。ユングリングの家族以外で、私の神眼について知っているのは、リアスだけです。義父にも言っていません。」
「なら都合がいい。」
王城に着くと、使用人が行き交う騒がしい勝手口から、まっすぐ謁見の間に向かう。公式行事で使うきらびやかな謁見室とは対極の王室がプライベートに使う落ち着いた趣の部屋だった。部屋には既に陛下がソファに腰を下ろしていた。この前の表彰式ではあまりまじまじとお顔を見ることができなかったが、ロマンスグレーの髪に、真っ赤な瞳。リアスがそのまま年を取ったような初老の紳士だ。
「陛下、エリアスただいま戻りました。」
「エリアス、久しぶりじゃのう。頭を上げよ。で、隣の令嬢は、例の……。」
「ええ、手紙でご報告した通りです。」
「はじめ呪いの話を聞いた時は、とんでもないことになったと思ったが、この様子では解呪は時間の問題かな。」
そう言って、陛下がにこりと笑う。王といっても息子の前では普通の父親だ。
「解呪の後には、お前の立太子を、それと……。」
「立太子は断ります。俺は面倒事はうんざりだ。ユーリウス兄さまがいるじゃないですか。」
「彼は賢いし、慈悲深い。じゃが……低魔力症では敵対勢力につけ入る隙を与えることになる。」
「研究所で開発した魔道具が上手く作動し、ここ半年、ユーリウス兄さまの魔力は一定以上に維持できています。発作も起こしていません。」
ユーリウス殿下は生まれつき体が弱いと聞いていたが、低魔力症とは。
魔力の最大値は生まれつき定まっており、生涯を通じてほぼ変わることはない。通常、魔力は魔法を使わない限り減少せず、時間と共に自然に回復していく。しかし低魔力症は、あたかも魔力を蓄える箱の底に穴が空いたように、原因もなく魔力が漏れ出してしまう。魔力とは生命力であり、活力だ。低魔力症では常に魔力補給をしていないと、命に関わる。成人まで生きられる例はほとんどないと聞いた。
「ユーリウスを王太子に据えれば、カスペルについてる貴族たちはだまっていないだろう。」
「ですが……!」
「お前もカスペルに王位を譲るよりは自分で継いだ方がいいだろう?」
「……。」
陛下の圧に押されて、リアスが黙ってしまった。
「エディー・ユカライネン伯爵令嬢――いやエディット・ユングリング侯爵令嬢といった方がよいかな?エリアスを、この国をよろしく頼む。」
陛下のよろしくに、第一補佐官としての業務以上のことが含まれているような印象を受けたが、はい以外の答えは許されない雰囲気があった。
「はい。もちろんです。エリアス殿下をできる限り、サポートしたいと思っております。」
「よろしい。」
先ほどの父親の顔に戻って、なんとも嬉しそうだ。
「陛下、本題をいいですか?これ例の調査書です。」
「……ああ。」
さっきの調査書を見ながら、また陛下が深いため息をつく。
「これは私の方で預かる。エリアスがこんな状態でなければ真っ先に向かってもらうのに。実にタイミングが悪い。」
「では陛下、私はこれで失礼します。」
「ちょっと待て、エリアス。お前の"鑑定"待ちが三十人以上たまっている。別室に集めてあるから、帰る前に頼む。」
そう言うと、陛下はリアスにウィンクした。人使いは荒らそうだが、お茶目な人だと思った。




