17. 処刑
今までリアスは私を信頼しているのか、何でも話してくれていたが、あの調査書の件だけは言葉を濁したように絶対に教えてくれなかった。おそらくそれに関連した内容で、サリーン男爵が出張に出たが、その行先も教えてもらえなかった。
今週のユカライネン家のタウンハウスはにぎやかだ。義父のパートナーであるフランの晴れ舞台を拝みに、義父が執事のセバスティアンを伴って、王都に出て来ているのだ。なんでもとても権威のある音楽会でビオラを演奏するらしい。
機密事項もあるので、話せる範囲で義父に魔法研究所のことを報告した。エリアス殿下がリアスだったこと、業務で彼に振り回されていること。もちろん、リアスが子どもの姿になっていることは伏せた。これがバレると、第二王子派から命を狙われる可能性があるからだ。
「第一補佐官のお仕事はまるで第三王子のお守りね。」
「でも楽しいですよ。機密事項は教えてもらえないこともありますが。」
「へえ、エリアス殿下、呪われた状態でも、ちゃんとお仕事をしているのね。あ、そういえば、あんたの元カレ、とうとう皇宮を追い出されちゃったらしいわよ。」
「え、マティアス殿下ですか?」
「これはユングリング侯爵から届いた私宛の手紙。こっちはあんた宛のアードルフからの手紙。」
そう言われて、父と兄からの手紙を渡された。父の手紙には事実が淡々と記されていた。
ライラ嬢が媚薬を盛ろうとしたところを現行犯で逮捕されたこと。オングストレーム子爵家の家宅捜索で、ライラの自室からニオ共和国の使者との書簡が発見されたこと。彼女は裁判すら通さず急ぎで処刑されたこと。そして殿下は媚薬の影響が完全に抜けるまで幽閉され、無期限で国防の要とされるボルタ要塞に送られたこと――。
「……彼女、臨月で処刑されたそうです。お腹の子に罪はなかったんじゃないですかね。」
思わず血の気が引き、顔面が真っ青になった。
「マティアス殿下とニオのスパイの子が生まれてしまうと、厄介だと思ったんじゃない?」
義父は然もありなんという表情で、セバスティアンが注いだ紅茶をすすった。
「殿下がボルタ送りになったのも、むしろ功績を立てて再び皇宮に戻るための機会を与えられているようにも思えます。」
「相変わらず皇帝は第一皇子に甘いのね。」
次に、兄からの手紙にも目を通す。前回と同様、冒頭数枚にわたって「愛している」「会えなくて寂しい」といった言葉が、少しずつ言い回しを変えて綴られている。よくもこれだけの熱量で愛を語れるものだと、もはや感心すらしてしまう。
さて"本題"だ。興味深かったのは、ライラ嬢の逮捕が周到に練られた作戦の結果だという点だ。ニオ共和国に送り込んだボンデ伯爵の諜報員が入手した資料をもとに、使用された媚薬の種類を特定し、その効果の持続時間を割り出したという。そして、ライラ嬢がニオ共和国の外交官と接触した日から、次に彼女が媚薬を使用する日を正確に予測した。
そして迎えた当日、案の定、彼女は殿下の紅茶に媚薬を落とした。護衛の騎士がそれを目撃し、殿下が口をつける寸前で彼女を捕らえたという。もちろん、この捕物もボンデ伯爵とベルナドッテ公爵のお手柄。さすがである。
ライラ嬢は取り調べで、殿下の寵愛を取り戻したくて媚薬を使ったと話した。殿下と深く想い合っていたが、いつの頃からか殿下は急に他の女性にも目を向け始め、自分への関心が薄らいでしまった。だから媚薬を使ったと泣きながら訴えたという。スパイ行為については最期まで否定したという。
「殿下、処刑台でライラ嬢のことを、ネズミかゴキブリを見るような目で睨みつけたって。」
「あなたって婚約者がいながら口説いた相手なんでしょう?媚薬の効果が切れたと言っても、一度は政略関係なく愛し合った相手なのに、下衆ね~。」
あの男から離れることができて本当に良かった。心からそう思った。
「ニオ共和国の外交官も諜報活動は否認しているそうよ。媚薬の件も『ライラ嬢に個人的に頼まれて、同郷のよしみで渡しただけで、まさかそんな用途に使うとは思わなかった』と供述しているって。」
ニオ共和国は長きにわたる内乱で産業は荒れ果て、民も疲弊しているという。総統・レンダールは国内批判を封じるために、軍備を拡張し、常に侵略の好機を窺っている。この国にいてもニオ共和国の脅威は同じ。この穏やかな生活が脅かされるかも知れない恐怖に、背筋がぞくりとする。
「――戦争が起きないといいですね。民が傷つくだけですから。」
昔視た"夢"の光景が脳裏によぎる。少し嫌な予感がして、私は深いため息をついた。




