16. 子守り
その日から、魔法研究所の日々が始まった。第一補佐官の密命は『魔法研究所所長 第三王子 エリアス殿下にかけられた呪いを解くこと』だ。しかし実際の業務は、彼の補佐だ。棚の上の方のものを取ったり、お茶を用意したり。ただ基本は好きにしていていいというので、朝から晩まで図書室で集めた文献を読んでいる。それにしても魔法研究所の蔵書はすごい。神眼に関する資料が、学院の図書館の何倍もある。今日も張り切って、図書館で文献を漁ろうと部屋を出ると、ちょこんとリアスがついてくる。
「どうして毎回図書館についてくるんですか?」
「俺にも息抜きが必要だから。」
さっきまで気難しい顔して書類を読んでいたんだから、そのまま読んでいればいいのに。
「それと、いちいち手をつなぐ必要ありますか?」
「私の呪いのことは一部の側近にしか伝えていない。子どもが研究室をうろうろしていたら怪しまれるだろう?」
「そりゃそうですけど、これじゃ完全に子守りじゃないですか?」
「ああ。悪くない仕事だろう?」
そう言って、上目遣いで見つめられる。兎のような赤い眼をウルウルさせてかわいい。ずるいな、もう!
「早くお一人で何でもできるように、呪いの解呪条件を教えて下さい!!」
図書室に着くと、先日から気になっているある古代文明の遺跡について調べる。
「あ、そうだ。リアス所長、ここに行ってみたいので、二週間夏休みを下さい。」
リアスに遺跡の資料を渡す。リアスはそれをしばらくじっくりと眺めると、むすっとした顔で突き返した。
「お前、フィーラの妃教育で習わなかったのか?フィーラ帝国とニオ共和国と、ボルタ地域で国境を接している。数年前もニオが休戦条約を破って侵攻した。ボルタは火薬庫。この地図を見ろ。遺跡ここだぞ。」
紛争のことは勿論知っている。あの時はまだマティアス殿下が学院に入る前で、フィーラ帝国もボルタ要塞の軍備を強化すべきって熱くマティアス殿下に意見したっけ。
「でも、遺跡から結構距離ありません?」
「とにかく危ないからダメ。」
「ああ、残念です。あの栄華を誇ったはずの古代文明がどうして一週間で滅んだか興味があったのに。では、こっちはどうですか?」
私は、別の遺跡の資料を渡した。
「――賢者・エーヴェルトの墓所か。」
「きちんとした調査がされる前に、盗掘されていますし、ボルタの遺跡と比べると見るところがあまりないかもしれませんが。エーヴェルト関連の遺跡は気になります。シェルストレーム辺境伯領にあるので、ついでに辺境伯にもご挨拶してきます。」
「は?いつの間にお前、あの脳筋と仲良くなったんだ?言っておくが、アイツは妻子持ちだぞ。」
「知っていますよ。それに辺境伯とは魔法大会決勝戦を戦った仲ですよ?効果的な筋トレも教えて頂きました!」
リアスに毎日続けているスクワットを披露した。
「――俺も行く。休みじゃなくて、出張扱いにしよう。」
「え、どうして?私、子守りから離れたいから休みをとるんですけど!?」
「どうしてもだ!」
こちらは休暇の申請をしているのに、出張になってリアスがついてくるとか意味が分からない。まあまだ呪いは解けていないし、私がいないと色々困るのかも知れない。押し切られてしまった。
「おや、所長、ユカライネン第一補佐官も調べものですか?」
ぶらり遺跡一人旅を却下されて肩を落としていると、サリーン男爵がニコニコしながら話しかけてきた。
「なんだ。ニヤニヤして。」
「いえ、解呪が順調に進んでいるなと思いまして。」
そう言うと、サリーン男爵が手に持った書類をリアスに渡した。
「あ、そういえば、これ。少し前に頼まれていた調査書です。」
「ありがとう。ふーむ。これは少しキナ臭いな。」
リアスは調査書を見るなり、眉間にしわを寄せた。なんだろうと、覗き込むと見えないように隠された。
「――すまん。これはお前には見せられない。機密だ。」
秘密だとか、機密だとか気になるのが、乙女の性なのだが。




