6. 準決勝
その後も、砂埃・ゴーレム作戦は面白いくらい上手くいった。あれよあれよ勝ち進み、あっさり予選を突破してしまった。
「ちょっとぉ~、エディー。勝たなくていいって言ったのに、あなたやりすぎよ。」
予選が終わって、観客席の義父のもとに会いに行くと、何故か説教された。
「だって、負けたくないんだもん。それに全然本気出してないわよ。」
「まあ!恐ろしい子。あとこれ!まさかあなたがここまで残ると思っていなかったから、慌てて買ってこさせたの!」
魔力補給ポーションを、ぽんっと手渡された。魔力の省力のためゴーレムを使ったとはいえ、短時間で百体以上も作り出せばさすがに消耗する。ありがたく頂くが……。なんだこれ。草の絞り汁を煮詰めて泥水に混ぜたような味だ。舌に張りつくような渋みが、いつまでも口の中に残る。
「うわぁ、まず過ぎ……。」
「しょうがないでしょ。味がいいものは売り切れよ!それにしても、あなた、けろっとしているからびっくりしちゃう。みんな、一試合ごとに魔力補給しているのよ。」
予めそれを教えておいてくれ。私は省エネで省エネで戦っていたというのに。
「決勝は午後ね。準決勝の相手は第1ブロックの勝者、サリーン男爵よ。もともと平民の出身だけど、特待生として魔法を学んで、魔法研究所に就職したエリート中のエリートなの。最近なんだか忘れたけど魔法の研究に関する功績が認められて、男爵位を叙爵されたわ。」
義父と談笑しながら、別ブロックの試合を観戦する。トヴォーというと、リアスが頭に浮かぶせいか、もっと高度な魔法が飛び交う国だと思い込んでいた。だけど実際に試合の様子を目にすると、フィーラとさほど差はないようだ。やがて第3ブロック、第4ブロックも勝敗が決し、決勝に進む四人の顔ぶれも出そろった。
「準決勝第一試合。テオドル・サリーン男爵、エディー・ユカライネン伯爵令嬢 入場。」
真っ黒な長い髪に、真っ青な瞳。長いローブをはためかせながら、サリーン男爵が入場した。
「君が噂のダークホースですか?こんな戦術に長けた令嬢がこの国に隠れていたなんて驚きです。でも僕には子供だましは効きませんよ。」
そう言って、丸眼鏡のブリッジを押さえた。
「では、これより試合を開始する!両者準備はいいか。」
「はい。」
「はじめ!!!」
私の手数は他人より多い方だが、せっかくダークホースなら、決勝戦もあるし、あまり相手に自分の手の内を見せない方がいい。まずは同じ作戦で行く。
「トゥルボ・マグヌス!巻き上がれ竜巻。」
竜巻が巻き起こり、砂埃が舞う。その隙に隠遁魔法で姿を隠す。そして間髪入れずにゴーレムを召喚した。
「スルゲ・ゴーレム!――目覚めよ、ゴーレム。」
地面から何体ものゴーレムが現れる。いつも通り、ゴーレムで消耗戦に持ち込もうとした時だった。
「オルビス・アクエ!――水の波紋。」
サリーン男爵が叫んだ。同心円状の水の衝撃波が、次々とゴーレムをなぎ倒していく。ゴーレムは所詮義父が言う通り、泥人形。水魔法とは相性が悪いのだ。
「次はそのお姿を見せて頂きましょうか?ユカライネン伯爵令嬢。プルウィア・デスケンデ!――雨よ、降れ。」
男爵が呪文を詠唱すると、ぽつりぽつりと雨が降り出した。砂埃はすっかり落ち着いて、地面が湿り始めた。これでは、竜巻で新たな砂埃を起こすことはできない。雨の中、サリーン男爵と審判の姿があらわになった。
「へえ、砂埃はフェイクで、本体は隠遁魔法ですか。僕としたことがこれは想定外でした。」
客席も、私が試合会場にいないことに気づき、騒ぎ始めた。ただ、隠遁魔法は完璧ではない。対象に集中すれば、すぐに看破できる。ならば、さっさと勝負を決めてしまおうと思った。
「フリグス・アブソルートゥム!!――絶対零度。」
これは、私の一番の必殺技。詠唱と同時に、闘技場の全てが凍っていく。
この世界には、隠遁魔法や治癒魔法のように属性を持たない魔法と、炎・氷・水・土・風・雷――六つの自然の力を借りて発動する属性魔法がある。中には属性魔法が全く使えない者もいるが、大抵の術者は、一つか二つ、得意な属性がある。そんな中、私はなんと全ての属性魔法を扱うことができる。しかも一番得意な氷魔法をここまで封印してきた。隠遁魔法が想定外なら、これはもっと想定外だろう。
吐く息は白く、冷気は瞬く間に湿った地面を凍らせ、雨粒さえも氷結させた。観客席には魔法が飛ばないように結界が張ってあるが、闘技場内の冷気が伝わったのか、観客のざわめきも凍り付いたかのように静まった。――こうなれば私の独壇場だ。
「ランケア・ゲリダ!!!――氷の槍。」
氷点下の世界で勢いを増した氷の槍がサリーン男爵に向かう。氷の槍が男爵の胸に刺さる寸前に、防御のペンダントが赤く光り弾けた。勝負がついた。
「勝者!エディー・ユカライネン伯爵令嬢」
会場が歓声に沸く。今までは砂埃の中で決着がついてたから、歓声よりもどよめきが大きかった。今日一番観客の熱狂が、会場の氷を少しずつ溶かしていく。
「――まさか、この僕が初出場の君に負けるとはね。おかげで自分もまだまだと思い知ることができました。ありがとう。」
サリーン男爵は、すがすがしい笑顔で闘技場を去っていった。




