3. 報告
フィーラ帝都貴族学院に入学した兄は筆まめで、毎週欠かさず手紙を寄越す。最初の頃は、授業や交友関係についての他愛のない報告や連絡ばかりだった。けれど、ある時その内容が変わり始めた。マティアス殿下の新しいご学友、その取り巻きについての懸念と、マティアス殿下自身、学院という自由な環境に身を置き、気が大きくなって大胆な行動が増えているとのことだった。
「まあ、マティアス様が夜遊び!?仮面舞踏会って……!?」
思わず手で口元を覆った。マティアス殿下はとても従者思いの方だ。夜の街を出歩くなんてバカなこと、従者たちに一番負担がかかる。それに仮面舞踏会は一晩の刺激的な出会いを求める貴族の社交場。まさかそんな場所に出入りしているなんて。私が視た"夢"が徐々に現実になっていくことに、背筋が凍った。
「エディット様、顔色が悪いですよ。」
専属侍女のリナの声で、はっと我に返る。
「マティアス様がね、夜遊びして、仮面舞踏会にも……出入りしていらっしゃるんですって。」
冷静を保とうと思うのに、涙が溢れ出して止まらない。心臓が喉に迫り上がるようで、吐き気すら覚えた。
「――ええ、あの殿下が!」
リナが信じられないという表情をしている。私だって信じたくない。でも、もう一か月以上殿下からの手紙の返事がないのが、答えだろう。兄の手紙を持つ手がガタガタと震えた。
「これは絶対に秘密よ。未来の皇帝陛下の醜聞になりかねないから。」
私はこの件をすぐに両親に報告した。侯爵家として皇帝、皇妃に苦言を呈してくれるという話で落ち着いた。
しばらくして、仮面舞踏会や夜遊びといった目立つ行動は減ったと兄から報告があった。しかし新たな懸念も記されていた。今度はマティアス殿下が、ライラ・オングストレーム子爵令嬢と懇意にし始めたというのだ。二人は、こそこそと授業を抜け出しては、密会をしているらしい。――"夢"の中で何度も視た、あの不敵な笑みを浮かべるピンクブロンドの令嬢のことを思い出した。胸の鼓動が速くなって、頭が真っ白になった。もうすぐ、私も入学するのに。どうして――?
入学式は、婚約者がエスコートするのが普通だが、兄・アードルフがエスコートすると、手紙には書いてあった。俺がずっとそばにいるから、お前はマティアス殿下のことは気にするなと。
そんな時、また白昼夢を視た。見たことがない豪奢な部屋で、見覚えのない黒髪で赤眼の美しい青年が私に微笑みかける。
「――愛しているよ、エディット。」
声は聞こえなかったけど、口元は確かにそう動いた。仮にも私は第一皇子の婚約者だ。そんな私に微笑み、愛をささやきかける男性……。もしかして未来は変わるのか?
――ねえ、黒髪の君。あなたは誰なの?




