2. 偽名
「もう、バカ皇子の話はおしまい!もっと楽しい話をしましょ。」
義父は最近平民の音楽家と付き合っているという。相手にも仕事があるため、会うのは年に数回王都でだけだそうだ。
「もう~情熱的で素敵なんだから。エディーもすぐにいい相手が見つかるわよ。」
そう言われて、ふと思い出した。彼のことを。
「義父上、そういえばリアス・ベックマン子爵のことをご存じですか?トヴォー王国からフィーラ帝都貴族学院に留学していて同級生だったんです。こちらに帰国された後に、手紙のやりとりをしていたのですが、最近は返事がなくて。」
「……ベックマン子爵?」
「ええ。殿下に浮気されている時、色々気にかけて下さったので。一度近況の報告も兼ねてお礼をしたいと思いまして。」
「エディー。その家名は、私が子どもの頃に断絶しているはずよ。もともとはうちの隣領だったんだけど。今は領地も王家の預かりになっているわ。」
「え……、どういうことですか?」
「分からないけど、それ偽名じゃないかしら?」
「リアスが偽名を?フィーラ帝都貴族学院に留学生として入学するには、フィーラの帝国貴族の推薦が必要のはず。偽名だとしたら、すぐに気づかれるんじゃないかしら。」
そう言って私は小首をかしげた。何かあったら、トヴォーに亡命して来いって言ったのは、リアスなのに。まさかその存在が偽りのものだったのか。
「でも、貴族だったのよね?」
「ええ。所作は間違いなく、平民のそれとは違いました。魔力量も。技術は粗削りなところもありますが、私よりも魔力が多くて。」
「じゃあ、エディー。トヴォー王国魔法大会に出てみたら?国内の貴族が一同に介する名誉ある大会よ。もしかしたら、そのリアス殿を見つけられるかもしれないわ。」
「――魔法大会?」
「戦闘魔法の腕前を競う大会よ。どの家も必ず誰かを代表に送り出すんだけど、私は争いごとなんて大嫌いだからずっと出ていなかったの。だいたいユカライネンの土魔法は畑を耕すのには向いていても、戦場じゃサッパリ役に立たないじゃない?」
「土魔法もゴーレムを使えばそこそこ戦えそうな気はしますが……。」
「いやよ~。ゴーレムなんて全然美しくないじゃない!あれ、ただの泥人形よ。」
「泥人形……。」
元も子もない言い方に言葉を失った。
「今年遂に誰か出さないと降爵するぞって陛下が言い始めたのよ。だからお願い、エディー!」
降爵!?それでも頑として自分は出場しようとしない義父の姿勢に、私は呆れを通り越して、ある種の畏敬を覚えた。
「わ、分かりました。どこまで戦えるか分かりませんが、出場はします。」
「いいのいいの。気を張らなくて。あれに命かけている貴族もいるみたいだけど、私はそれを馬鹿らしいと思っているから。」




