1. ユカライネン伯爵
「エディット~!ほんと久しぶり。茶髪も素敵よ~。あ、そうそう。これからはエディーね。」
ユカライネン家の屋敷に着くと、叔父である伯爵自ら出迎えてくれた。
「叔父上――いえ義父上、ご無沙汰しております。これからよろしくお願いします。」
「あらぁ、大変だったって聞いたわよ。こんなかわいいエディーを陥れようなんて、なんてバカ皇子なの!」
きれいな茶髪のストレートヘアが風にさらりと揺れる。長いまつ毛も、まっすぐ通った鼻筋も、どう見ても美丈夫なのに、義父は女性を愛することができない。この年まで結婚も婚約もしなかった人間である。久しぶりに会った義父の勢いに少し戸惑いながらも、いつの間にかそのペースに飲まれてしまう。
荷下ろしは使用人に任せて、義父に手を取られ、リビングルームへ向かう。そこから根掘り葉掘り、これまでのことを聞かれた。義父は聞き上手だ。ついつい話し過ぎてしまった。
「でも不思議ね。バカ皇子も自分の皇位継承が危うくなって、ライラ嬢と距離を置いてたんでしょう?普通妊娠なんて聞いたら、自分の子じゃないって騒ぎそうなものなのに、ちゃんと認知したいなんて。ね、そのライラって子。ニオ共和国のスパイなんでしょ?殿下の関心が自分に向かなくなって、なにか"仕組んだ"じゃないかしら?」
「――仕組んだ?」
「媚薬よ、媚薬。」
「媚薬!?一国の皇子に媚薬を盛るなんて。」
「聞いた話だけど、この前捕まったニオのスパイが一般には流通していない"媚薬"を隠し持っていたって。」
「……一般には流通していない媚薬?」
「その媚薬ね、性的興奮を高めるだけじゃなくて、精神に強く干渉する魔法も付与されていたの。古代魔法を応用した術式じゃないかって話よ。あの国は古代遺跡を発掘しては、そこで見つかった魔法陣や魔道具を軍事応用しているの。最近ね、古代文明の巨大宗教施設群が発見されたらしくて、そこから見つかった術式じゃないかって。」
古代文明は千年以上も前に滅んだが、現在のフィーラ帝国、トヴォー王国、ニオ共和国の一帯を治めていた。高度に魔法が発達し、人々の生活は豊かなものだったと聞く。そういえば、人を魅了する魔法や薬もあったと図書館で神話を読み漁っている時に知った。でも所詮、神話の中のお話だと思っていた。
「そんな恐ろしい薬あるんですね……。」
「もちろん、トヴォーでは、精神に強く干渉する魔法は研究自体が禁止されているから禁制品よ~。」
確かに、マティアス殿下のライラ嬢に対する態度には疑問が残る部分があった。ライラ嬢と距離を置いて、色々な令嬢と浮名を流していたのに、わざわざスパイの嫌疑がある彼女と、再び立場が危うくなるような行動をとるだろうか。




