26. 卒業式
すべての単位が認定され、私は無事に卒業できることとなった。学院の生徒たちは、卒業舞踏会で誰が誰と踊るのか、どんなドレスを纏うのかと浮き立っている。そんな中、マティアス殿下が私をエスコートすると知れ渡ると、驚きと好奇の視線が一斉に注がれた。仮にも婚約者なのだから、当然のことだが、それすら噂になるとは皮肉なものだ。ふと、幼い頃に毎月のように開かれていたお茶会を思い出し、二度と戻らぬ日常を懐かしく思った。
卒業式当日、総代を務めたのはシーラ様だった。兄の学年で最も優秀な成績を収めたという。最優秀卒業生に贈られる聖ステラ賞には、シーラ様と私が選ばれた。
「聖ステラ賞。エディット・ユングリング君。フィーラ帝都貴族学院を最優秀な成績で卒業したことをここに賞する。」
星を象った意匠が散りばめられたガラスのトロフィーは、角度を変えるたびにきらめき、眩い光を放っていた。割れんばかりの拍手の中、私はそのトロフィーを胸に抱き、静かに壇上を後にした。
――まもなく『エディット・ユングリング』はその短い生涯を終える。
マティアス殿下から、そして皇宮から自由になるために必要なことだ。私は私の未来を自分で選び取るのだ。
学院からの帰りの馬車は兄と一緒だった。兄とは毎日登下校を共にしたが、これで最後だ。
「初めて聖ステラ賞のトロフィーを間近で見たけど、随分と立派だな。」
「ええ。さっき気づいたんですけど、見る角度で輝き方が違うんですのよ。」
きらきらと輝くトロフィーをしばらく二人で眺めた。そして一拍置いて、兄が私をまっすぐ見て告げた。
「――エディット、愛している。お前は俺の唯一無二の妹だ。向こうに無事ついたら、必ず手紙を出すんだぞ。」
「兄上。ありがとうございます。もちろんですわ。」
「俺もたまにトヴォーに顔を出すから。なにか困ったことがあったら、また相談しろ。」
「兄上こそ、ユングリング家をよろしくお願いします。」
最後は笑顔でと思ったから、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
タウンハウスに着くと、専属侍女のリナが最後の準備を整えて待っていてくれた。トヴォー風のドレスに着替え、変装魔法で母と同じ髪色と瞳の色に変えた。鏡に映る茶色の髪に翡翠の瞳を見て確信した。銀髪ではない自分を『エディット・ユングリング』と見抜ける者はそう多くないだろう。そのくらい、ユングリング家の銀髪は印象的だ。最後に長いローブを羽織るのをリナに手伝ってもらう。
「努力家のお嬢様なら、どこででもやっていけると思います。ではお達者で……。」
リナが泣き崩れた。荷を積んだユカライネン家からの迎えの馬車は、目立たぬようすでに帝都郊外で待機している。家族にも、しばしの別れを告げ、私は馬に跨がり、待ち合わせの場所へと急いだ。




