22. 他愛もない会話
お茶会での一件も、父が正式に皇宮に異議を申し入れてくれた。しかし、これも取り合ってもらえる様子はなかった。魔力の暴走については、殿下は単に私が魔法で抵抗したものだと受け取ったらしい。城内で魔力暴走なんて処刑対象になってもおかしくない。不幸中の幸いといえるだろう。
それ以来、殿下と私の関係は以前に増して冷え切ったものになった。廊下ですれ違っても挨拶すらない。殿下の行動はさらに派手になり、学内でも堂々と女子生徒を侍らすようになった。おかげで婚約破棄は秒読みだと噂されるようになった。もともとあのお茶会は婚約者である私との仲の良さをアピールするという意味合いもあったはず。皮肉なものである。
いつも通り、色々な噂が飛び交う廊下を、隠遁魔法に身を包みながら、図書館の分室に向かって歩く。そんな鬱屈した日々で、リアスと言い争いをするのが、ひそかな息抜きになっている。
「お前、また魔力を暴走させそうになったみたいだな。」
人のことを小馬鹿にしたように、リアスが笑った。
「え!誰から聞いたの?あの件は公になっていないはずよ。」
「誰がその指輪をあげたと思っているんだ。」
なんだか満足そうにリアスが言う。一瞬、ピリッと彼の魔力が右手の小指に流れたような気がした。
「指輪はありがとう。正直、助かったわ。危うく城を吹き飛ばすところだったもの。」
「え、なになにその話?」
私がマティアス殿下とのお茶会の顛末を話すと、さすがのリアスも顔を引きつらせた。
「え、薬を盛って、お前を襲おうとしたわけ?」
「ええ。殿下は、魔力量が高いと魔法毒に耐性がつくなんて知らなかったのね。おかげで途中で目が覚めたの。」
「――侵される前でよかった。無事でよかった。」
少し切なそうな目で、リアスがこちらを見つめた。
「もうお茶会には呼ばれても行かないって、父が皇宮に宣言してくれたわ。」
「――あのさ、お前が皇妃になるために努力してきたことはよく知っている。だけど、本当にあんな奴でいいのか?皆が言うように婚約破棄にならないのか?そもそも第二皇子を皇太子に推す声もあるんだろう?」
冗談で言っているわけではないと、一目でわかった。燃えるような赤い瞳に射抜かれ、心の奥底まで震わされる。
「私からは無理よ。臣下だもの。魔力量が少ないマティアス殿下が皇太子に就くための必要条件は、この国の令嬢で突出して魔力量が多い私との婚姻。だから、彼はこんな関係でも絶対に私を手放さないと思うの。そもそもお茶会の件も、私との間に、世継ぎができれば、自分の立場がより確実なものになると思って仕組んだじゃないかって、父が言っていたわ。」
「――そうか。あんなのが皇帝になったら、フィーラ帝国との関係も考えないといけなくなるな。エディットも何かあったら、トヴォーに亡命して来い。才能溢れる君ならきっと王も大歓迎さ。」
「あら、ありがとう。母の実家がトヴォーのユカライネン伯爵家なの。確かに亡命するならトヴォーね。」
こんな他愛もないやり取りさえ心地よく感じる。もしリアスが私の婚約者だったら、どんなに幸せだろうなと心の片隅で思ってしまう私も、殿下と同じ"浮気者"なのだろうか。




