21. 未遂
首筋を誰かに撫でられている感覚に、ぼんやりと意識が浮上した。 目を開けると、見知らぬ天蓋が視界に映る。 上質なベッドの上に横になっているようだ。まどろんだまま視線を上げると、両手首が鎖に繋がれていた。ようやく事態の異様さに気づいた。
「マ、マティアス様?!」
殿下が覆いかぶさるようにこちらを覗き込む。顔から血の気が引いていくのが分かった。
「ああ、もう起きちゃった?――これからが楽しいところだったのに。」
「……何をなさろうとしているのですか?」
「何って、妃教育を受けたなら分かるだろう?私と君は婚約者なのだから、多少順番が前後したって誰も何も言わないさ。」
美しいはずの殿下の青い瞳が暗い熱を帯びている。そのまま、噛みつくようにキスをされた。
「私は早く、君ともこういうことをしたかったんだ。でもアードルフ殿がずっと君の横にいるから近寄れなかった。」
「"も"というのは、他の令嬢との噂は本当なんですね。」
「――へえ、エディット私を咎めようというの?この国は側妃が認められているんだよ。君こそ、トヴォーの男とはどうなんだ?」
マティアス殿下の表情が嫉妬に歪んだ。こんな表情見たことない。いつも殿下は優しげな笑みを浮かべているのに。
「先ほど申し上げた通り、彼とはただのクラスメイトです。それに側妃は浮気相手とは違います。"制度"に関してはマティアス様もよくご存じなのでは?」
「――うるさい。君はどうしていつもそうなのだ。黙って微笑んでさえいてくれれば、これ以上ない美姫なのに。」
そう言うと殿下の手が乱暴にドレスを掴んだ。
――まずい。ゾクリと魔力の制御が外れていく感覚。血液が沸騰するように沸き立つ。天蓋の布がはためき、窓際のテーブルに置かれたままになっているティーカップがカタカタと揺れる。
「……マティアス様……私から離れて……。」
「うるさい!また私に口答えする気か?」
その瞬間だった。まず手を拘束していた鎖がパリンと大きな音を立てて外れた。そして、殿下は魔力圧で壁に打ち付けられた。大きな音に気づいて、部屋の前にいた衛兵たちが入ってきた。私は息も絶え絶え、ベッドにへたり込む。
「はぁ……来ちゃダメ。」
――このままだと城ごと吹き飛ばしてしまう。最悪なシナリオが頭をよぎった、その瞬間だった。
右手にはめられたピンキーリングが赤く輝き、ほとばしる私の魔力を柔らかく包み込む。市販されている魔力制御の魔道具が魔力を吸収して力を奪うのに対し、この指輪はまるでリアスに抱き寄せられた時のように温かく私を包んでくれた。荒れ狂っていた心と魔力は静まり、私は冷静さを取り戻した。
「マティアス様、本日のお茶のお誘い感謝いたしますが、今後の参加については考えさせて頂きます。」
壁に打ち付けられて気を失っている殿下にそう告げて、私は乱れた息を整え、足早にその部屋を後にした。




