19. 誘い
新学期になってからも二年の教室と一年の教室を行き来して授業を受ける生活を続けている。兄と薬草学の授業を受け、一年の教室に送ってもらう時だった。聞き覚えのある声に後ろから呼び止められた。
「エディット!」
昔の私だったら喜んだかもしれない。けれど、代わりに背筋がぞくっとした。振り返ると、サラサラの金髪をなびかせてマティアス殿下が立っていた。
「マティアス様、ご機嫌麗しゅう。」
優雅にカーテシーで挨拶する。兄が警戒したのか、一歩前に立った。
「これはこれは。アードルフ殿もお元気そうで何よりだ。努力家の我が婚約者殿が、私の卒業に合わせて早期卒業を目指していると聞いてね。最近の調子はどうだい、エディット?」
随分とまあ白々しい。私も貴族的な笑みを崩さず、口を開いた。
「ええ、順調でございます。冬休みの課題も全て最高評価を頂きました。」
周囲から小さな歓声があがる。ステラ組の人間であっても課題を全て最高評価で揃えるのは至難の業なのだ。
「さすがだ。今までは君の勉強の邪魔にならないように控えていたんだが……そろそろ婚約者らしく、またお茶会でもどうだろうか。」
そう言って殿下はアルカイックスマイルを浮かべる。
――どういう風の吹き回しなのかしら?私とお茶なんて、殿下が学院に入学して以来、一度もしたことないじゃない。他の学生も足を止めて私たちの様子を凝視している。無数の視線が全身に突き刺さる。
「お茶会のお誘い、うれしいですわ。それに私の学業のことまで、お気にかけて頂いて、ありがとうございます。そうですね……。平日は授業と課題が忙しいので、週末ですとうれしいですわ。」
「私もその方が都合がいい。では今週末にお茶をしよう。休み時間ももうすぐ終わるから、あとで従者に時間と場所は連絡させる。」
「ありがとうございます、マティアス様。よろしくお願いしますわ。」
踵を返すように一年の教室に向かう。人形のような微笑みを浮かべながら、私の心臓は張り裂けそうなほど、大きく脈打っていた。渡り廊下まで行くと、兄が耳打ちしてきた。
「――殿下は、一体どういう風の吹き回しだ?」
「分かりません。もしかして、情報屋のボンデ伯爵が何か動いたのかも。ライラ嬢以外の女性と過ごすことも増えたようですし。」
最近特に噂になっているのは、二年のステラ組の平民の特待生と一年のルーナ組の伯爵令嬢だ。どちらもしとやかというよりは野心家で知られる女子生徒だ。
「とにかく、堂々としていろ。お前に非はないのだから。」
「分かっておりますわ。兄上。」
殿下が真に改心したのであれば、他の女子生徒と関係を持つわけはない。何かの思惑――表向きは婚約者を大事にしているとアピールしたいのだろう、そう思った。




