18. 新学期
新学期が始まると、私は再び目立たぬよう、ひっそりと日々を過ごした。その方が私にとって都合がいいからだ。逆に殿下は華やかな話題に事欠かない。ライラ嬢と喧嘩したという噂が流れ、他の令嬢と過ごす時間も増えた。廊下では婚約者である私を差し置いて、殿下を巡っての小競り合いが頻発するようになった。
私はすぐに、図書館の分室でリアスとの情報交換を再開した。未来の皇妃、侯爵令嬢、成績優秀となると、一般生徒は気後れするのか、遠慮がちに接する生徒もいる。しかし、トヴォー王国の文化なのか、彼自身の気質なのか、リアスは私にはっきりものを言う。それが心地よかった。
「リアス、冬休みはどうだった?」
「特に。トヴォー王国に帰省したが、変わったことはない。」
「私も自領に戻ったわ。湖畔の別荘で鷹狩をしたの。」
「お前が鷹狩?随分、男勝りな趣味を持っているな。」
「――悪いかしら?」
「いや、悪いとは言っていない。むしろ好ましいくらいだ。そうだ。お前にこれやる。」
そう言って、リアスは制服のポケットから、白金のピンキーリングを取り出した。金の指輪には、彼の瞳を思わせる燃えるような深紅のルビーが一粒輝いていた。
「――え、リアス様?どういうおつもりですか?」
いぶかしむように、眉間にしわを寄せて尋ねた。
「いいからやる。これはただの魔道具だ。この前みたいに魔力が暴走しそうになった時に魔力を抑えてくれる。」
あ、知っている。魔力が上手く扱えない子どもがよくつけさせられる、あれだ。勧められるままに右手の小指にはめると、きらりとルビーが光った。
「まあ、きれい。」
「"ユングリングの人形"だかなんだか知らんが、お前は案外直情的だからな。浮気現場みたくらいで学校を爆破されては困る。」
魔力量は、生まれ持った資質であり、その最大値は生涯を通じてほとんど変化しない。通常は体力と精神力とのバランスによって制御されているが、この均衡が崩れると、魔力は途端に溢れ出し、暴走を引き起こしてしまう。子どもに魔力暴走が多いのは、成長の途上で体力・精神力がまだ未熟なためだ。
多くの場合、成長に伴って魔力暴走も自然と安定していく。しかし、私の場合は、魔力量そのものが突出して多い。体力がないため、普段は精神力で抑え込んでいるものの、強いショックを受けたときにはその制御が揺らぎ、抑えていた魔力が漏れ出してしまうのだ。
「ちなみにその指輪、自分じゃ外せないようにしてあるから。」
「何ですって!?」
本当に、びくともしない!指先に汗がにじむほど力を込めても、全く無理だ。
「ちょっと、今すぐ外しなさいよ!」
「ふふ。お守りだと思ってそのくらい付けとけよ。そうだ、ライラ嬢の母親についても調べてやったぞ。病気なんだと。」
リアスに渡された調査書によれば、ライラ嬢の母親は現在病床にあり、働ける状態ではないとあった。しかし、薬を買い、使用人を雇い、ニオ共和国の郊外で不自由のない生活を送っているらしい。リアスは、ライラ嬢がスパイとして活動する見返りに、国家から経済的援助を受けているのだろうと推測していた。もしそれが事実だとすれば、ライラ嬢は、母親を人質に取られ、仕方なくハニートラップを仕掛けているのかもしれない。その境遇に、ほんの少しだけ同情した。




