16. 占い
鷹狩を楽しんだ後は、リビングルームの暖炉で焼きマシュマロを食べながら、雑談をする。
「そういえば、シーラ様には婚約者がいるのですか?」
それまで楽しそうに話していたシーラ様の表情に影が差した。
「ええ。でも親が決めた政略結婚で、二十歳も年上のおじさんなの。学院卒業後は花嫁修業をして結婚する予定よ。」
「お相手、ランデル伯爵だっけ?あんな女たらしに、シーラ嬢はもったいないよ。」
兄が口を挟んで来た。ランデル伯爵家は戦闘用魔道具の開発で一財を成した新興貴族だ。最近その販路を増やそうと、得意な風魔法を活かして魔法騎士としても騎士団にも登録している。
「あのランデル伯爵って風の精霊使いで高名な?」
「ええ。私の魔術の才を気に入って下さったみたいだけど。」
「風の精霊は自由人を愛するから、それでいいんだろうけど、急に結婚だなんてたくさんいる愛人たちはどうする気なんだろうね。」
「まあ!……随分と、博愛主義なんですね。」
「シーラ嬢なら、あんな男に頼らずとも、魔法高等学院の研究員にだってなれるだろうに。」
魔法高等学院は帝国最高の学府で、貴族学院でトップの者だけが推薦される場所だ。
「……仕方ないですわ。家の方針もありますから。」
ほんの少しの沈黙のあと、シーラ様は微笑みを崩さずに言った。シーラ様も、私と同じように婚約のことで胸を痛めているのだと、その沈黙で悟った。
「政略結婚は本当に貴族令嬢の"頭痛の種"ですわね。」
私の言葉にシーラ嬢がクスリと笑った。
「そういえばアードルフ様は、婚約はまだなのですか?」
シーラ様が不思議そうに尋ねた。
「俺はエディットがいるからね。エディットが嫁に行くまでは、婚約者は設けないつもりだよ。」
シーラ様の前で、シスコンが過ぎると思ったけど、そんな風に自信満々に言ってくれる兄を心強く感じた。
「それにしても、マティアス殿下はいつからあんなになってしまったのか。」
ぼやくように兄がいう。
「――もともと殿下は流れやすい性格なのかもしれないですね。」
シーラ様が少し考えたあとにぽつりと言った。
「この前も、エディットのことをお高く止まっていてかわいげがない、女のクセに生意気なことばかり言うって言っていたらしい。エディットはかわいいの塊だろう。何言ってんだ。」
兄が不満そうに言った。
「まあ。」
「そういえば、聞いたか?あの制服を破ったのはアンネ嬢だったらしい。ライラ嬢とは親友のようにふるまっていたけれど、実はずっと殿下とライラ嬢の仲をねたんでいた。素行不良も重なって、退学させられたそうだ。」
威勢よくステラ組の教室に入ってきた彼女を思い出した。――今思えば彼女は私に冤罪を吹っかけに来たのだ。
「それにしても、類は友を呼ぶという言葉を殿下はご存じないのでしょうか……。」
ライラ嬢もとてもじゃないが、品のある女性には見えない。しかも、辛うじてソル組にいるが、殿下の側近が代わりにレポートを書くなど、一部の教科で不正を働いているともっぱらの噂だ。私が深いため息をつくと、一層空気が重くなった。この空気をなんとかしないといけないと思った。
「そうだ!シーラ様、実は私占いが得意ですの。占ってもよろしいかしら?」
「――エディット様が、占いですか?」
「ああ、エディットの占いはよく当たるんだ。俺もたまに占ってもらう。」
兄が話を合わせてくれた。
「うふふ。当たるも八卦当たらぬも八卦です。ちょっと、よろしいでしょうか?」
私はシーラ様の手を握りしめ、その目を"開いた"。一気に"夢"の世界に引きずり込まれる。あれ……?ここは夏場の別荘だ。シーラ様の前を銀髪の二人の男の子が走り抜けていく。そして、男の子たちは湖畔に佇む銀髪の男性に駆け寄る。その男性が男の子を抱きかかえた。――少し年を重ねた姿だが、間違いない!兄だ。
目を閉じて、"夢"から覚める。これはなかなかいいものを視させてもらった。
「にこにこしているけど、どんな未来が視えたんだい?」
「シーラ様、ご安心なさって。ランデル伯爵との婚約は、きっと破棄されますわ。」
そう言って、にこっと笑った。
「ふふ。二人とも、私を安心させようとして、小芝居打って下さったのね。ありがとう。うれしいわ。でもね、親はランデル伯爵家と縁づくことを喜んでいるし、我が家への支援が見返りになっているから難しいの。」
「おい、エディット。もしかして結婚相手も視えたのか?」
兄が、私にだけ聞こえる声で、耳打ちした。
「ええ。でもこれは、絶対本当になって欲しいから、お伝えしないことにしますわ。うふふ。」
「俺に言ったって、未来は変わらないだろう?教えろよ。」
「秘密は秘密ですわ。」
たとえ私の断罪がどんな顛末になろうと、ユングリング家は安泰そうだ。




