『忘却の都市』 記憶の囁き
誰も、一言も発することができなかった。
昨日、地下で交わした穏やかな空気など、今はもうどこにもない。
沈黙だけが、重く部屋を支配していた。
最初に声を上げたのは——やはり、悠人だった。
「ま、まあでも……“8番”?ってのはよく分かんないけど、対象者の選定を変更するって書いてあったし。 そもそも、二人が人を殺したなんて、俺は信じないよ。」
その一言に、霧崎はわずかに呼吸を整えた。
だが——霧崎も夏希も、都市に来る直前の記憶が無い。
その事実が、胸を締めつける。
本当に——自分が、人を殺したのか?
その可能性がゼロではない—— ただそれだけの事実が、霧崎の内側を鋭く抉った。
そんなタイミングで——
奥の扉が、ゆっくりと開いた。
急に、誰かが入ってくる。
「怜奈っち~! 一人で大丈夫? ついていこうか?」
扉の向こうから、軽い調子の声が聞こえた。
「子供じゃないんですから、大丈夫です。」
少女の声が、静かに返答する。
その瞬間—— 霧崎、夏希、悠人の三人は、反射的に身を隠した。
扉から入ってくる少女——
霧崎は、隙間から僅かにその姿を見た。
その次の瞬間——
激痛。
まるで頭を砕かれるような、これまでで最も強烈な頭痛が霧崎を襲う。
視界が揺れる。
鼓膜が軋む。
身体が、一瞬、現実から乖離する。
——なんだ……これは。
その記憶が、“霧崎”という存在の根幹を——静かに、しかし確実に揺さぶろうとしていた。




