『忘却の都市』 秩序の影
夏希が開いていた本を受け取り、霧崎が目を通していく。
そこに記されていたのは——都市警備隊の実態だった。
『都市警備隊——この都市の安全と秩序を守る存在。 強化デバイスを与え、都市の異常発生時には即座に対応する役割を担う。 新たな隊員が配属された場合は、指導員をつけ、都市条項の徹底指導を行う。』
ここまでは、予想の範疇だった。
だが——次の一文を目にした瞬間、霧崎の指先が震えた。
『尚、都市警備隊になるには条件がある。それは、過去に犯罪を犯した者。
且つ、『殺人を犯した者だけ』が対象となる。』
——沈黙。
夏希の呼吸が、わずかに乱れる。
霧崎は、無意識のうちに喉を鳴らした。
これまでの話から、都市警備隊に"秘密"があることは覚悟していた。
だが、まさか——
『殺人者』だけが隊員となれるなどとは。
しかも——自分と夏希も?
都市がこの条件で警備隊を構成していたのなら——
思考が混乱していく。
ファイルにはまだ続きがあった。
だが、途中から重要と思われる箇所は再び黒塗りにされ、ほとんど読み取ることができない。
霧崎の脳裏に、小林副隊長の残したメッセージが再びよぎる。
そして最後の一文——。
『被験者番号1番の秘密を探る為、新たな検証は必要である。 その為、8番以降の被験者については、対象の選定条件を一部変更。 結果が分かり次第、報告書にて提出予定——以上。』
沈黙が、空間を支配する。
霧崎と夏希は——完全に、言葉を失った。
そのとき、背後から悠人の声が響いた。
「……なあ、二人とも、何見てんの?」
今後は霧崎が持っていた本を悠人が預かる。
悠人がページをめくる。
その目が、一文字ごとに強張っていく。
やがて——静かに顔を上げた。
視線が、霧崎と夏希へと向けられる。
その目は——明らかに怯えていた。
沈黙が、再び場を包む。
この瞬間——都市の秩序が、音もなく崩れ始めた。




