『忘却の都市』 契約の刻
悠人は話を聞き終えると、しばし沈黙し——ぽつりと呟いた。
「……え、今の話、マジ……?」
霧崎と夏希は無言で頷く。
悠人は最初こそ冗談半分で聞いていた。
最初は、まるでどこかのファンタジーの話のように思えた。
だが、言葉を重ねるごとに、悠人の表情は徐々に真剣さを帯びていった。
そして今、静かな緊張が部屋に漂う。
悠人は少し間をあけて、問いかける。
「……仮に今の話が本当だとしてさ……協力者って、なんで俺なんだ? 他にいなかったのか?」
当然の質問。
霧崎が静かに答える。
「そもそも、この都市の住民が“矯正された人”なのか、“外部の普通の人”なのか——見分けがつかないんだ。」
「まあ、矯正された人たちは基本的に真面目で、感情の起伏も少ない傾向がある。だから、なんとなくは分かる。 だけど——万が一にも、失敗は許されない。」
そして、一拍置いて続ける。
「……それに、悠人自身が言ってただろ。自分で応募して、この都市に来たって。」
悠人の表情が、少し納得したような色を帯びる。
「俺はこの都市に来て間もないが、お前なら信頼できる。そう思ったから選ばせてもらった。」
「勝手なお願いなのは分かってる。……それでも、協力してほしい。」
沈黙。
悠人はしばらく口を閉じる。
そして——ふっと視線を上げ、問いかける。
「……俺がすでにマークされていて、裏切る可能性は考えなかったのか?」
その瞬間——逆に霧崎が黙り込んだ。
ほんの少し間を置き、静かに口を開く。
「……そのときは、俺の見る目がなかったってことだ。仕方ない。覚悟はできてる。」
その言葉に、夏希も同じ表情で頷いた。
まるで、それが“当然”であるかのように。
悠人はしばし2人の顔を見つめ——そして、観念したように手を挙げる。
「あー、分かったよ。……霧崎はともかく、夏希さんにそんな真剣な顔で見られたら、断れないじゃん!」
それは、半ば照れ隠しのような口調だった。
だが、その言葉の後——悠人は、静かに立ち上がる。
「で——俺は何をすればいいんだ?」
その瞬間—— 部屋の空気が、ひとつの“転換点”を迎えた。
この都市を変えるための、“実行”の刻が始まる——。




