『忘却の都市』 交錯する運命
カフェを出る瞬間、猛烈な勢いで手を振っていた悠人の姿が脳裏に浮かんだ。
夏希もその様子を思い出したのか、ふっと微笑んだ。
「……彼はいい人だね。名前は……早川悠人だっけ?」
その言葉に頷く。
「ああ、そうだ。ぜひ名前で呼んでやってくれ。あいつ、泣いて喜ぶから。」
そんな冗談を交わし、ふたりは自然と笑みをこぼした。
その後、店を出てしばらく巡回の作業を続ける。
定刻の時刻。
夏希がこちらを見て、目線だけで静かに合図を送ってきた。
俺は無言で頷き、その場で別れた。
悠人には今晩、仕事が終わったら連絡を入れるように伝えてある。
それまでの間、俺は都市を歩いた。
巡回とは違う、“ただの散歩”のつもりで。
整った都市。 規則正しく動く住民たち。
この均衡が、都市の“真実”によって歪められているとは——まだ完全には信じきれなかった。
時折、若干だが素行が悪そうな者もいる。
——だが、それらは恐らく悠人のように、外部から来た人間なのだろう。
この都市が、完全に閉ざされた空間ではない理由が、どこかにある。
外部から“普通の人間”を呼び込むことで、都市のイメージを外に広め、 同時に、その本質を覆い隠しているのかもしれない——。
そんなことを考えながら歩いていると、霧崎の端末が振動した。
悠人からの連絡だった。
「仕事、終わった!」
それだけの短いメッセージ。
俺は息を詰める。
今夜——彼に、伝えなくてはならない。
この都市の真実を。
もし拒絶され、通報されたら——そのときは、覚悟を決めるしかない。
静かに拳を握りしめ、霧崎は悠人の待つカフェへと歩を進めた。




