『忘却の都市』 秩序の代償
「犯罪者の中には、スリや詐欺といった軽犯罪の者もいれば、強盗や傷害といった、他人に直接危害を加える危険な者も混じっていた。」
「だが、この都市では、小さな争いこそあれ、強盗や傷害といった事件は一度も起きていない。」
映像は、少し間を開けて続く。
「だが、考えてみてほしい。もしこの都市の住民が本当に“犯罪者ばかり”だとしたら……もっと治安が悪化していてもおかしくはないはずだ。」
「“記憶がない”——その言葉が、どうしても引っかかった」
その違和感を追い、さらに調査を続けた結果——ある実験データを発見した。
霧崎の背筋に、ぞわりと粟立つ感覚が走る。
画面の中の小林の表情には、これから語る事実への明確な“拒絶”が滲んでいた。
【2352年7月2日】 「都市に新たな住民を受け入れるため、検証を開始。対象者:男性、38歳。犯罪履歴:強盗および暴行。 逮捕時には警官にも暴力を振るうなど、極めて気性が荒い。」
そのデータには、彼の詳細が細かく書かれていた。
そして、読み進めていくと——
【2352年7月5日】 「“人工AI”を移植。初期段階では拒否反応を示したが、徐々に容体は安定。」
霧崎は目を見開いた。
夏希の呼吸が、わずかに止まる。
【2353年7月6日】 「1年の経過観察を実施。容体に問題なし。性格も都市基準に適合。」
背筋に、冷たいものが流れ込む。
【2353年8月14日】 「被験者を都市に正式受け入れ。過去の犯罪記憶を抹消し、住民としての記憶に書き換えを実施。異常なし。」
——沈黙。
映像の中の小林副隊長は、わずかに苦笑しながら目を伏せた。
「私は、都市の秩序を守る側の人間だった。それを、誇りに思っていた。 だが……こんなおぞましい実験が、裏で行われていたとは思いもしなかった。」
夏希は拳を握りしめる。
霧崎は無意識に、喉を鳴らした。
この都市は——“何を守るために”存在しているのか。
映像はまだ、続きを語っていた——。




