『忘却の都市』 師の影
静まり返った部屋に再び入り、促されるままに霧崎と夏希は椅子に腰を下ろした。
夏希は依然として黙ったまま、微動だにしない。
城戸は2人をゆっくりと見渡し、そして唐突に言葉を落とした。
「……進藤君は、もう気づいているだろう。今回の首謀者は——かつてこの都市の警備隊だった人物。小林副隊長だ。」
あまりにも自然に、当然のように。
まるで、二人がすでにそれを知っていると確信していたかのようだった。
次の瞬間、城戸はすっと立ち上がり、二人に向かって深く頭を下げた。
「……今回の件は、私の指示と監督責任の不備に他ならない。すまなかった。」
その姿には、責任の重さと、痛みが滲んでいた。
やがて姿勢を戻すと、城戸は一拍置いて続ける。
「……そのうえで申し訳ないが——今回の件について、首謀者の身元は口外しないでほしい。これは都市全体に余計な混乱を招かない為だ。」
沈黙が落ちる。
すると、その言葉を合図のように——夏希が音もなく立ち上がった。
一言も発せず、背を向けて歩き去っていく。
霧崎と城戸は、ただ黙ってその背中を見送った。
扉が静かに閉まる音だけが、部屋に残された。
しばらく沈黙のあと、城戸が口を開いた。
その声音は、どこか遠い懐かしみを帯びていた。
「……小林副隊長は、彼女にとって師匠のような存在だった。なんだかんだ文句を言いながらも、2人はよく一緒にいたよ。 親子……とはちょっと違ったかもしれないけど、彼女は心から彼を信頼していた。」
俺は黙って頷く。
「……もちろん、私も彼を信じていた。それだけに——突然、彼が隊員を一人引き連れて、本部の禁止区画に侵入したと知ったときの衝撃は……言葉にならなかった。」
城戸はふっと目を伏せた。
「あのときは正直、またいつか彼と一緒に働ける日が来るんじゃないかって——そう信じていた。 ……まさか、こんな形で終わるなんてな……。」
その横顔には、かつての仲間を失った男の哀しみが、ひどく静かに滲んでいた。
そして、目をこちらに向ける。
「——今回の件は、彼女にとっても……きっと、深く傷を残す結果になる。でも、前に君たちが話していたのを見た。あのとき……君たちは、ちゃんと心を通わせていたように見えた。」
城戸の声が、微かに優しくなる。
「……だから、お願いしたい。彼女の支えに——なってやってくれ。」
再び頭を下げた隊長に、俺は目を伏せて静かに頷いた。
そして無言のまま……部屋を後にした。




