『忘却の都市』 薄明の残響
「——そこから先は、ひたすら住民に聞き込みをしたの。」
夏希の声は淡々としていたが、その言葉の奥には、確かに火があった。
「最近、何か変わったことはなかったか。小林副隊長や林隊員の様子に、どこか異変はなかったか。考えられる限りの質問を、とにかく聞いて回った。」
コンクリートの静寂に、言葉だけが淡く響いていた。
「……でもね、そんな私に警備隊の仲間たちは誰も何も言ってくれなかった。いや——たぶん、彼らはもう“そういうものだ”って、受け入れてたんだと思う。」
それが事実だと信じてしまえば、疑う必要はない。
気づかないふりをすれば、心も守られる。
「でも、私はどうしても納得できなくて……。結局どれだけ調べても、小林副隊長達の“動機”になるようなものは何一つ見つけられなかった。」
そこまで話すと、夏希は小さく笑う。
「だから、私も少しずつ……気持ちを切り離すようにした。仕事に集中するしかないって思った。 それからしばらく、都市には何のトラブルもなかったし—— ほんとに、静かだった。」
ほんの一瞬、言葉が途切れる。そして。
「——なのに、昨日。 仮面をつけたあの人物は……あれは、間違いなく小林副隊長だった。」
その言葉には、確信とも呼べる重みがあった。
「……多分だけどね。あの本部には何かある。だって——」
夏希はゆっくりと顔をあげる。
「以前、小林副隊長たちが拘束された理由も、その施設に“侵入しようとした”ことだったから。」
暗いコンクリートの天井を、彼女は一度だけ見上げた。
手の中にある端末。
何かが仕込まれ、何かが始まりかけている——そんな予感が、指先にじんわりと重なる。




