『忘却の都市』 指導者の背中
「……厳しい人だったよ。ほんとに、びっくりするぐらい。」
夏希の声が、少しだけ柔らかくなった。
「口数は少なくて、何を考えてるのかまるで分からなくて。子ども相手にも容赦ないし、隊長とは正反対って感じだった。」
けれど、そこに滲むのは反発ではなかった。
むしろ、懐かしさと敬意——そして、わずかな喪失の影が滲んでいた。
「……でもね、不思議と嫌じゃなかったんだ。誰よりも、ちゃんと私を“見て”くれてるのが伝わってたから。 訓練でボロボロになった私に何も言わずに手を貸してくれて……。
「『泣きたくなったら時間外にしろ』って言いながら、背中を向けたその手で、そっと水を差し出してくれたこともあった。」
俺は一言も挟まなかった。
ただ、その静けさのなかで彼は確かに感じていた。
夏希の言葉ひとつひとつに、信じていた人の重さが宿っていることを。
「……だけどね、ある日突然——小林副隊長と、もうひとりの隊員が姿を消したの。」
霧崎の眉が微かに動いた。
「……いなくなった?」
「うん。まるで、何の前触れもなく。最初は、体調でも崩したのかなって思ってた。でも……何日経っても帰ってこなかった。 不安になって、他の隊員や隊長に聞いたんだけど、みんな曖昧なことしか言わないの。」
夏希の声に、かすかな湿り気が混じった。
「で、ある日。巡回中に、偶然住民の会話を耳にしたんだ。」
「なあ、あの噂……本当なのか?例の警備隊の話。」
「いや……詳しくは知らないが、たしかにこの数日、その2人の姿を見てないな。」
「おいおい……マジかよ。ちゃんと機能してるのかよ、この都市……」
その話を聞いたとき、思わず声をかけてしまってた。
夏希は短く息をついた。
「……ねえ、今の話、どういう意味?」
住民たちは一瞬、しまったというような顔をした。
この都市では都市運営に関する疑念や不満を口にするのは、暗黙のうちにタブーとされている。
けれど、そんなことは夏希にとってどうでもよかった。
「ねえ、詳しく聞かせて。——何があったの?」
その瞬間から、彼女の中に——小さくても、確かに無視できない疑念が芽生えはじめていた。




