『忘却の都市』 日常の輪郭
——そして、翌日。
昨日の騒乱がまるで幻だったかのように、都市は静寂を取り戻していた。
建物は整い、通りには普段通りの人々の足音が戻ってくる。
変わらない日常。
とはいえ、何も起こらないとは限らない。
俺は今日も巡回に出ていた。
夏希、そして他の2名の隊員も負傷はしているが、幸い重傷ではなかった。
近日中には復帰できる見込みだと報告を受けた。
(……ほんと、休む間もない仕事だな……)
そんなことをぼんやり考えながら、通りを歩く。
その時だった。
「おーい、霧崎!無事だったか?昨日の騒動、相当やばかったらしいな。」
遠くから聞き慣れた声が飛んできた。
振り向くと、悠人がいた。
今日は非番なのだろう。片手には何やら買い物袋を持っている。
「夏希さんの姿が見えないけど……どうしたんだ?」
そう尋ねられ、俺は短く答えた。
「昨夜の件で、医務室に。」
それを聞いて、慌てる悠人。
「え、まさか……」
「大丈夫だ、負傷はしているがそこまで重症ではない。意識もある。近日中に復帰予定だ。」
「……そっか……よかった……」
明らかに安堵したように、悠人は胸を撫で下ろした。
「仕事中だよな、悪い。俺にできることがあれば言ってくれ。」
そう言って、手を振りながら去っていく。
その背を見送りながら、霧崎はふと口元に微かな笑みを浮かべた。
(……あいつはほんと、相変わらずだな。人間らしい反応を……)
——人間らしい?
思った瞬間、自分の中に生まれたその言葉に、僅かな違和感を覚えた。
(……なんだそれ……人間“らしい”って……)
けれど、その思考も束の間。
次の予定が頭をよぎる。
夏希と合流する——そう、約束していた時間だ。
霧崎は足を止め、視線を都市の奥へと向けた。
日常の静けさの奥に、どこか張りつめた気配がある——そんな感覚が、胸の奥に残っていた。




