『忘却の都市』 静かなる余白
部屋の隅から届いた声に、夏希は視線を向ける。
「これまでで一番早く走れたよ。どこかの誰かの訓練のおかげかな。」
霧崎は皮肉っぽく笑ったが、その声には確かな安堵が滲んでいた。
夏希は、短く「……ありがと」と呟き、ベッドの傍に視線を落とした。
俺は少し間を置き、状況を伝える。
「夏希を搬送してから、しばらくして……城戸隊長が戻ってきた。」
「……仮面の男は、隊長が制圧したみたいだ。この後、目を覚まし次第、聴取を行うと言っていた。」
夏希は黙って聞いていた。
その様子を見て、声の調子を落としながら続ける。
「そのとき、隊長に“今回の騒動の中で何か気づいたことはあるか”って聞かれた。」
「気づいたこと……?」
「……いや、何のことか分からなかった。だから少し考えていたら—— 隊長は“いや、なんでもない。忘れてくれていい”って。」
そのまま隊長とのやり取りの事実を伝える。
「……それだけ言って、進藤君を宜しく頼むって託されて。私はしばらくやる事があると言ってJACに戻っていったよ。」
夏希はしばらく考え込むように沈黙した。
何かを思い出そうとしているのか、何かを繋ごうとしているのか——。
「そういえば」と俺はあることを思い出す。
「渡すものがあった。」
ポケットから取り出したのは、夏希の端末だった。
夏希は、戦いの最中に端末を落とし、あの場に置き去りにしたと思っていた。
だが霧崎が、撤退の途中で拾っていたのだ。
「ありがとう。助かる——」
そう言いながら受け取ったその瞬間。
夏希の眉が、わずかに動いた。
「……これ……?」
いつもと違う——数えきれない程、触れてきたから少しでも異変があればわかる。
端末の裏側に、見覚えのないパーツがつけられていた。




