『忘却の都市』 崩れる均衡
——だが、動きが止まったのは、一瞬だった。
まるで、何の関係もないと言わんばかりに。
仮面の人物の攻撃が、豹変する。
鋭く、重く、正確で。
一撃ごとに警棒を弾き、足元の均衡を奪っていく。
「……くっ!」
夏希はすぐに態勢を立て直し、応戦した。
——だが今度は、押されていた。
さっきまでじりじりと退かせていたはずの相手に、逆に追いつめられていく。
狙い澄ましたような蹴りが飛ぶ。
紙一重でかわした——そう思った、その瞬間。
「っ——!」
腰の端末が、地面に落下した。
乾いた金属音が響き、夏希の心臓が跳ねた。
仮面の人物が、それを拾い上げる。
無言のまま、持ち上げそして無造作に——遠くの地面へ投げ捨てた。
「……応援は呼ばせないってことか……」
夏希は息を呑む。
——救援は、もう望めない。
距離を取ろうとするが、それすら許されなかった。
仮面の人物が一気に詰める。
足さばきは迷いなく、動きには一切の無駄もない。
「っ、はあっ……!」
そろそろ限界が近づいている。 意識が、少しずつ曇っていく。
焦りから繰り出した一撃は、見事に躱され——
その瞬間、鋭いカウンターが夏希の腹部を貫いた。
「ぐっ……あ……!」
身体が浮き、後方に飛ぶ。
衝撃を殺すように、着地するが——嫌な感覚。
骨はかろうじて無事だが、呼吸器に深刻な損傷を負っていた。
そして、口の中に鉄の味。
それでも、なんとか夏希は立ち上がる。
脚が震える。
目の焦点が合わない。
でも、まだ——動ける。
その夏希へ向かって、仮面の人物がとどめの一撃を放とうと、構えを取った。
——このままじゃ、本当に終わる。




