『忘却の都市』 強化デバイスの異質さ
俺は立ち尽くしたまま、自分の変化を受け入れきれず、状況がうまく飲み込めなかった。
瞬時にあれほどの距離を移動したはずなのに、身体の違和感がない。
足を動かした記憶はある。
だが、その動きに対する負担が、ほとんど感じられなかった。
——まるで、別の存在になったかのように。
「はじめてにしては、かなりセンスあるね。」
ふいに背後から声がした。
振り返ると——当たり前のように夏希がすぐ後ろに立っていた。
「正直、もう一回ぐらい倒れるんじゃないかと思ってたけど……意外とやるじゃん。」
軽く微笑む夏希。
「これは、昨日私が脅しをかけたおかげかな?」
「脅し……?」
「昨日私から逃げようとした時、カウントダウンなんてしてないでしょ?」
霧崎はハッと息をのむ。
言われてみれば——確かに、していない。
「生き物ってさ、窮地に追い詰められると最適な動きをしようとするんだよね。」
夏希は腕を組みながら続ける。
「昨日のあの場面、君は本能的に『逃げる』ための最適な動きをしてた。その時点で、発動条件は満たしていたんだよ。分かりやすく伝える為に最初はカウントダウンみたいにって言ったけど、そんなの実践だとやってる暇ないからね。慣れれば、この切り替えを瞬時にできるようになる。」
俺は無意識に汗ばんだ手を握る。
図らずも——いや、謀られたのかもしれない。
思いがけず、重大な一歩を踏み出してしまった。
霧崎の中に人智を超えたこの力にいずれ溺れてしまうのではないかという感情と、まるで“人間”ではなくなっていくような感覚に、かすかな恐怖が芽生えた——。




