『忘却の都市』 警告
明らかに空気が変わった。
意識ではまだ状況を把握しきれていない。
それなのに、背筋が総毛立つような感覚が走る——まるで、本能的に何かを警戒しているように。
夏希の視線は鋭く、どこか試すような色を含んでいる。
俺は素早くベッドから飛び降り、身構えた。
しかし……状況は非常に悪い。
入り口の扉は夏希の背後にしかなく、他に抜け出せそうな場所は無い。
何より——最初に見せられたあの動きを思い出す。
正攻法では、どう考えても勝ち目がない。
こうなるといちかばちかだが……使うしかないだろう。
先程、自身を意識不明に追い込んだ元凶に再度縋ることになる。
夏希の動きを警戒しつつ、タイミングを見計らう。
まさに動こうとしたその瞬間。
「ストップ、ストップ。冗談だよ。また倒れるつもり?」
軽い声とともに、夏希が手をひらひらと振る。
「……え?」
思考が追いつかなかった。
「君を捕まえるつもりはないよ。」
夏希は笑いながら言う。
「君って素直なんだか、疑り深いのかよく分かんないなー」
そう言いながら、少し真面目な顔に戻る。
「ただ、さっきの条項は本物。今後、この都市への疑問や疑いは絶対に外では口にしないように。」
俺は息を止めた。
「最初に見た時から、何かどことなく危うそうだと思ったんだよね。なんとなくいつかの私に似てる気がする。」
夏希は肩をすくめる。
「ちょっと気になったから、通信が傍受されにくいこの場所を選んで、ちょっと試してみたってわけ。あ、ここがお気に入りの場所って言うのも嘘じゃないよ。」
俺は言葉を失う。
そんな様子を横目に見ながら、夏希は入り口方向に向かって歩き出す。
「まあ、そういうわけだからさ。」
笑いながら言う。
「警備隊のルールやこの都市での生き方、明日以降教えてあげるよ。」
ドアを開け、ゆっくりと背を向ける。
「じゃあね。また、昨日の場所に同じ時間で。」
軽く手を振りながら、夏希は去っていった。
その背中をただ呆然と見つめることしかできなかった——。




